御挨拶

代表理事 京極夏彦

 初春のお慶びを申し上げます。
 国の内外を問わず、様々な局面において看過できない課題が山積されたままの越年となりました。当協会においてもそうした状況に変わりはありません。それでもひとまず、会員諸氏ともども新しい年を迎えることが叶ったことを、心より慶びたく存じます。
〝出版不況〟というどこか都合の良い題目が唱えられはじめて久しいという感があります。過去の会報に載る歴代理事長/代表理事の年頭挨拶を参照してみますと、業績に翳りが見え始めたのは西暦二〇〇〇年あたりのことと考えて良いようです。その翌年には既に〝出版不況〟という言葉が一般に浸透していたと思われます。
 一九九九年の北方理事長の挨拶には〝ますます隆盛という気運〟、その前年の阿刀田理事長の挨拶には〝あい変わらず順調〟という文言が見受けられますので、この落ち込みがかなり急激なものであったことは間違いないでしょう。この落差は、不況というより恐慌と呼んだほうが良いハードランディングであったことが窺えます。
 また、二〇〇二年の逢坂理事長の言葉の中に、〝(出版業界の)長引く不況〟という表現が見られます。わずか二年で〝長引いている〟という認識がなされていたということは、多くの関係者がこれを一過性のものとして受け取っていたものと考えていいと思われます。
 だからこそ出版〝不況〟というネーミングがなされたのでしょう。不況というのは周期的に循環する景気の一局面のことです。考え方や業態によって短期、中期、長期とサイクルの長さに違いはあるものの、不況はいつか好況に変わるものと考えられていました。そうした古典的な分類は現状それほど有効なものではないと考えますが、景気は循環するという考え方自体はとりあえず今も受け入れられているようです。
 出版業界の場合、突然の落ち込みから既に二十年が経過していることになります。古典的な分類に当てはめるならば、これは長期的なサイクルということになるでしょう。長期的な波は主に、技術革新によってもたらされる周期循環として捉えられるものです。
 ご存じの通り、昨今のメディアの進歩や変革は大変にドラスティックなものに思えます。だからといって、こうしたパラダイムシフトが起きることが予想できなかったのかといえば、そんなことはありません。三十年以上前から、現状はある程度予測できていたはずで、業界全体がそこから目を背けていたというだけに過ぎません。バブル期の幻影に目を奪われ、移行期間をあえて遣り過ごしてしまったためにソフトランディングができず、結果的に恐慌状態を招き入れてしまったということなのでしょう。
 この場合、新しいシステムに順応した新しいビジネスモデルを構築する以外に打開する手段はありません。構造的に破綻している状態で過去の成功体験に固執するのは賢明とはいえません。システムエラーを起こしているにもかかわらず、旧態依然としたスタイルを堅持する意味はほとんどないでしょう。前例を踏襲することが悪手であることは疑いようがありません。
 先行きが暗いというお話をしているわけではありません。
 近代の出版業界はこの一五〇年の間、常にその時代の先端技術に対応し、それを有効に活用することで拡大してきたという歴史を持っています。文芸作品もその時々のメディアの仕組み、社会の在り方に呼応した表現や形式を作り上げ発展してきたのです。それはいずれも縷々変化し続けてきたのであり、同じだった期間、同じで良かった時期などなかったといってもいいでしょう。バブル崩壊前の数年を範とすることはやはり無意味なのです。
 そうしてみると、今はむしろ好機なのかもしれません。どれだけ環境が激変しようと作品の価値に変わりはありません。発信/受容の仕組みが変わるだけのことです。流通や小売りも含めたワークフローの見直しは急務なのでしょうが、それ以外にも私たち送り手が考えるべきことはたくさんあるはずですし、それはいずれもできないことではないはずです。もちろん、個人でできることには限界があります。出版関連企業の理解・連携が必須となることはいうまでもありません。
 日本推理作家協会は、職業作家と関連企業によって構成される団体です。法人格は有していますが、営利目的の団体ではありません。また、ひとつのイデオロギーを掲げる集団でもありません。主義主張は会員・賛助会員それぞれに異なっているのでしょうし、それは時に対立するものともなるでしょう。その場合、当協会は交渉や調停の手助けはできますが、ジャッジをくだせる立場にはありません。きちんとした手続きを取り、会員の総意として諒解されるまで、意見表明をすることもままなりません。
 当協会は親睦団体なのです。しかし当協会における〝親睦〟は、ただ仲良くするという意味のものではありません。それは、多様な考えを持つ会員・賛助会員を接続することで新しい知見を生み出すための〝契機〟であるべきでしょう。会員・賛助会員の交流の中から、この時代だからできること、この時代でないとできないことを、ぜひ見出していただきたいと願います。そして、それを実現する機会を作り出していただけたなら幸いです。親睦団体としての日本推理作家協会はそうした機能を持った装置たるべきでなのでしょう。当協会に存在意義があるとするなら、ただその一点しかないといえるかもしれません。
 本年も、より良い局面を創り出す一助となるべく、微力ではありますが、しかしながら全力で活動を続けて行く所存であります。
 ご理解と、ご協力のほどをお願い申し上げます。