日々是映画日和

日々是映画日和(119)――ミステリ映画時評

三橋曉

 世に天外消失としか思えない不可解事は多い。有名なメアリー・セレスト号の謎とともに大西洋上のミステリーとして知られるフラナン諸島の謎は、絶海の孤島から三人の灯台守が忽然と消え失せた事件だ。ミステリのクローズドサークルものを思わせるこの事件は、三津田信三『白魔の塔』でも触れられていたが、今月公開される『バニシング』では、未だ藪の中にある消失の真相にある仮説を投げかける。ミステリ映画ではないが、任務と欲望の間で葛藤する灯台守をジェラルド・バトラーやピーター・マランが好演。事件に興味あれば一見の価値ありだろう。

 さて新春早々から、注目作が目白押しだ。『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』は、ベストセラーを約束された人気小説を世界同時刊行するため、翻訳者たちが各国から集められるところから始まる。彼らが外部と隔絶された施設で監禁同然の扱いを受けるのはシチュエーション・スリラー風だが、その話題作の冒頭十ページが何者かによりネットにアップされ、さらなる流出を食い止めたければ〝五〇〇万ユーロを払え〟という脅迫状が出版社に届く。犯人はこの中にいると疑う社主は九人を徹底的に監視するが、それを嘲笑うかのように次の百ページもほどなく公開されてしまう。
 拝金主義に凝り固まった阿漕な社主ランベール・ウィルソンが、オルガ・キュリレンコ、アレックス・ロウザー、リッカルド・スカマルチョら翻訳家たちに向ける疑惑は、次第に九人の間にも広がっていく。やがて緊張感は飽和点に達するが、そこで事件の深層が詳らかにされる種明かしの幕が切って落とされる。
 そこからの二転三転する展開もスリリングで心地よいが、さりげない映像の叙述トリックも効果的だ。ダン・ブラウンの作品をめぐる出版秘話が下敷きと喧伝されているが、その話題性を抜きにしても、ミステリ映画として堂々たる仕上がり。クリスティの某作品がネタばらしの血祭りにあがるが、それとても重要なミッシングピースになっている。監督は『タイピスト!』のレジス・ロワンサルだが、レトロなラブコメだったデビュー作とは一見掛け離れているようで、サスペンスフルだったタイピスト選手権の模様を思い起こすと、なるほどと納得がいく。*一月二四日公開(★★★★)

 光と闇を対比させるその画法ばかりか、殺人事件を引き起こした無頼の画家として知られるカラヴァッジョ。『盗まれたカラヴァッジョ』は、一九六九年にパレルモの礼拝堂から忽然と消えた〝キリスト降誕〟と題された絵画をめぐる物語だ。ヒロインのミカエラ・ラマッツォッティは勤務先の映画製作会社で働きつつ、ゴーストライターという日陰の仕事に甘んじていた。しかし謎の男レナート・カルペンティエーリの申し出を受け、未解決の絵画盗難がマフィアの仕業とした物語をプレイボーイの脚本家アレッサンドロ・ガスマンの作品として執筆したところ大好評。しかし思わぬ事態を招き、脚本家がマフィアに拉致されてしまう。
『修道士は沈黙する』のロベルト・アンドーの新作は、前作同様、政界の腐敗を糾弾する社会派の犯罪映画だ。しかし底流にあるユーモアと人間臭さが、お国柄の温かな一面を彷彿とさせる。才能は枯渇し、女を食い物にしながら憎めない脚本家や、男を手玉に取る才覚ある女性たちの溌剌とした姿も、イタリア映画ならではだろう。強靭なのにほつれ易い家族の絆の描き方も見事だが、映画についての映画(メタムービー?)になっている点も、見逃せないポイントといえよう。*一月一七日公開(★★★1/2)

 監督のポン・ジュノが執拗にネタばらし回避に力を注ぐ『パラサイト 半地下の家族』は、なるほどミステリ映画と呼んでも違和感がない。失業中の家長ソン・ガンホと妻子ら四人は、地面よりも一段低い半地下の住宅で慎しくも逞しく暮らす一家だ。ある時、長男のチェ・ウシクが親友からの耳よりな話に乗り、高台で暮らすIT長者イ・ソンギュンの娘に勉強を教えることになる。その初日、娘の母親チョ・ヨジョンに気に入られた彼は、落ち着きのない幼い末っ子を見て、お奨めの家庭教師がいると、自分の姉パク・ソダムを売り込むことに成功する。
 そこからの展開は、タイトルから想像いただくしかない。接点のない筈だった二つの四人家族が出会うことによって生じるドラマからは、階層社会を皮肉り、貧富の格差を広げる一方の資本主義への痛烈な批判も読み取れる。劇的な展開にはユーモアがまぶされ、事件の悲劇性をより際立たせている。と余計なことを書いたが、監督の言葉通りに、余計な情報がなければないほど楽しめることは間違いないだろう。先入観なしで、ぜひ映画館へ。(★★★★)

 というわけで、最後に新年号吉例の昨年のベストテンを。思いのほか収穫が多く、十作を大きくはみ出してしまいました。(順位はありません)

・迫り来る嵐
・天国でまた会おう
・シンプル・フェイバー
・ザ・プレイス 運命の交差点
・神と共に(第一章 罪と罰・第二章 因と縁)
・誰もがそれを知っている
・ペトラは静かに対峙する
・よこがお
・メランコリック
・SHADOW 影武者
・毒戦 BELIEVER
・ホームステイ ボクと僕の一〇〇日間
・8番目の男
・アースクエイク・バード
・ラスト・クリスマス

※★は最高が四つ、公開日記載なき作品は、すでに公開済みです。