松坂健のミステリアス・イベント体験記

健さんのミステリアス・イベント探訪記 第69回
ホテルが舞台の謎解きイベント、「ミステリーナイト」も30年 新本格誕生30周年と合わせて、記念公演実現
ホテルメトロポリタン東京『人気推理作家連続失踪事件』 2017年8月11日~14日

ミステリコンシェルジュ 松坂健

 ホテルに泊まって、一泊二日かけて、謎解きにチャレンジするイベントが「ミステリーナイト」。今や、ホテル業界の夏の風物詩になった観のあるこのイベントも、最初に行われてから30周年だという。
 1987年、大阪のプラザホテル(今はない)での初演がミステリーナイトの原点だが、この年は綾辻行人さんの『十角館の殺人』が刊行された年でもあり、新本格ミステリというジャンルの誕生年としても認定されている。
 ということで、E-Pin企画というミステリ系イベント(多くの密室脱出ゲームなど)会社が、池袋のホテルメトロポリタン東京で、両方の30周年を記念して打ったのが『人気作家連続失踪事件~そしてAの姿も消えた』だ。8月11、12、13、14と4回の公演。僕は初日の8月11日に参加してきた。
 あとで、詳しく触れるが、僕は実はプラザホテルの初めての試みに参加していて、その後も新宿センチュリーハイアットホテル(現在ハイアットリージェンシー東京)で行われたミステリーナイトにもアドバイザーとして参加したりしていたことがあって、このイベントには多少の思い入れもある。
 さてさて、今回のメトロポリタンの企画は、綾辻行人、有栖川有栖、法月綸太郎、我孫子武丸、麻耶雄嵩、山口雅也の新本格の雄、6名の名前を借りてのイベントになった。
 イベントの進行はこんなものだ。
 まず、午後4時にチェックイン。割り当てられた部屋が参加者の探偵事務所になる趣向。まずは、そのルームに暗号が書かれた紙片があることを知らされるので、それを探すことからスタート。
 そして、ホテルの宴会場フロアのあちらこちらに置かれているヒント・メッセージボードを探したりしているうちに、夕食時間。
 ディナーは外に食べにいってもいいが、館内レストランを予約しておくと、ミステリにちなんだコースメニューなどが用意され、そこにも軽いヒントが隠されていたりする。
 夕食を終えて一服していると、夜9時スタートで、「問題編」のお芝居の幕が開く。
 今回は孤島型の設定。舟でしか行けない知志島に、古今東西のミステリを集めた図書館がある。ここに6人の推理作家を招き、彼らの監修のもとミステリ映画を作る計画があった。しかし、映画スタッフ、キャストは揃ったものの、肝心の作家たちが行方不明になってしまった。「作家Aを預かった」と謎の電話がかかってきたのだ。
 それでも、1年に二回しかチャンスのない特殊な日光を生かさないと映画が成立しないため、撮影が開始される。
 そして、プロデューサー補の堀千秋が殺され、さらに若手女流作家で、映画の出演者にも抜擢された五階堂末奈子も死体で発見される。この二重殺人の真犯人は誰か。
 というところで幕が下り、「逮捕状」(回答書)をもらって退出という段取りだ。
 あとは、もう一度館内のボードの文章を吟味したり、深夜に部屋のテレビからオンエアされる手がかりビデオを見るなどして推理を補強する。それでも疑問があると、宴会場フロアの一角に設けられた情報交換コーナーで友人たちや他のメンバーと捜査会議をしたりする。
 そして、逮捕状を提出。期限は午前1時から3時まで。3時のぎりぎりまで頑張る人が多いというから、マニアはタフだ。
 翌朝、朝食後、午前10時から「解決編」の上演。そして優秀回答者の表彰となる。
 逮捕状には犯人の名前だけでなく、かなり細かい設問があり、それぞれに配点があって、総合計すると140点満点となる。
 この初日の参加者は400名を超えたようで、表彰台に乗った名探偵は二十数名。正答率は半分もいかない。今のミステリーナイトや密室脱出ゲームは案外、難しいのである。
 僕が驚いたのは、逮捕状に盛られた項目の複雑さ。わー、ここまで考えさせるのか、と思うが、最近のこういう謎解きイベントには物凄いマニアがいて、結果の採点に公平さを求めるようになったのだろうと思う。まして参加費が一人2万5000円~3万円ともなると、ここまで精密につくらないと満足させられないと思う。とにかく僕のへぼな推理力ではとても太刀打ちできないレベルだ。
 思えば、30年前の一回目のイベントは、謎解き力テストというより、お祭りに参加する気分だった。回答も適当でいいし、こんな珍答案があると披露されたりもした。
 記録のために、初めてのイベントの概要を残しておくことにする。
 タイトルは『プラザ館の長い夜』。1987年8月21日~22日、22日~23日の二回公演。場所は大阪・朝日放送の並びにあったプラザホテル。役者陣は東京乾電池の綾田俊樹、田根楽子さんを中心に美貌の原田貴和子さん(原田知世さんのお姉さん)に、なんと内藤陳さんが客演で加わる豪華さ。そして脚本が中島らもさん、演出が大林宣彦さん。
 これだけでも、すごいメンバーなのに、翌日の解決編のときには、壇上に特別探偵局が設けられ、筒井康隆さん、小松左京さんが並ぶという飛び入りがあったりと、まさにお祭り気分。ちなみに、この時、僕は女房、子供の3人で参加したのだがお互い相談しないで(誓います)、回答書を書きあげ、全員、正解。賞をいただいたが、ひとつだけにして、あとは辞退申し上げた次第。
 解決編のときは飛び入り探偵のはしゃぎ方もあって、爆笑の渦。最後に、大林監督が「お祭りのあとの朝のコーヒーはおいしい、でもそれは、毎日味気ないと思って飲んでいる日常のコーヒー一杯一杯があるから、おいしいのだよ」としんみり締めくくってくれたのも感動的だったなあ。大林監督はチャールズ・ボーモントの『夜の旅 その他の旅』の題名を引用し、「あるコーヒー、その他のコーヒー」と語って、「その他」の大事さを伝えてくれたわけなのだった。
 こんな複雑なイベントが30年も続く。
 謎解きほどの面白さは、そうはないということか。また来年の夏も参加するかな。