松坂健のミステリアス・イベント体験記

健さんのミステリアス・イベント体験記 第90回
テレビに、舞台に、展示会、〝シャーロック産業〟大隆盛
ドラマ『シャーロック』、アニメ『歌舞伎町シャーロック』
三谷幸喜さんの新作演劇に、ホームズグッズ展示会

ミステリコンシェルジュ 松坂健

 フジテレビ系月曜9時、通称月九(げっく)の『シャーロック』が大評判だ。
 「おディーン様」ことディーン・フジオカとエグザイルの岩田剛典のハンサムなホームズ=ワトソンコンビがフレッシュで、毎回の趣向が凝っていて、普通のミステリファンも名うてのシャーロキアンたちも両方満足させる脚本が練りに練られている。脇道にそれるようだが、担当した井上由美子さんにはMWJで特別賞など差し上げてもいいじゃないかと思うほどの出来栄えだ。
 副題を「アントールドストーリーズ」といい、コナン・ドイルが聖典(ワトソンが書き残したホームズ譚のこと)の中で、ホームズがからんだけれど、きちんとした物語にはなっていない事件のことをそういうのである。その語られざるエピソードを入念に拾い出し、宿敵モリアーティとの対決を軸にしての展開は、普通の人にはスリリングで、ホームズファンは「あ~、これは○○〇が出典だ」とはしゃげる趣向になって盛り上がるわけだ。
 なお、あまり話題にならないが、毎日放送系の深夜時間帯に放映している『歌舞伎町シャーロック』はアニメながら、これまたマニアックな設定でシャーロッキアンたちを喜ばせている。ちょうど『ブレードランナー』を想起させるようなサイバーパンクな新宿區歌舞伎町イーストサイドにあるハドソン夫人が店長をつとめるバーパイプキャットに住むホームズとワトソンがクレージーな事件に挑戦する。こちらも「本歌取り」をちりばめていることは言うまでもない。
 このようなシャーロックの現代的な復活は、もちろん英国BBC製作のデヴィッド・カンバーバッチの『シャーロック』の地滑り的成功のあとをたどるものだ。その追随者として大成功を収めたものが、2012年の初放映から2019年8月まで、実にシーズン7までつづいた『エレメンタリー ホームズ&ワトソンin NY』だ。舞台を現代のニューヨークに移し、ジョニー・リー・ミラーのホームズ、ルーシー・リューのワトソン役で、史上初めての女性ワトソン。日本でも昨年、ネット配信のシリーズで竹内結子がホームズ(女性ホームズは掛け値なし史上初)と貫地谷しほりのワトソンで話題になった『ミス・シャーロック』がある。
 演劇の方では、かねてよりホームズファンを公言している三谷幸喜さんが、1881年ホームズがワトソンと出会ったばかりの若き日のホームズをテーマにした『愛と哀しみのシャーロック・ホームズ』を上演。こちらは新鋭柿澤勇人さんのホームズ、そして父親ほど年齢が離れている佐藤二朗さんのワトソン、謎の女に広瀬アリスの配役。少し憂鬱な雰囲気のホームズを周辺のみんなが温かく支えるというホームズ劇ならぬホームドラマ仕立てとは意外。英訳してブロードウェイかウエストエンドにかけてもいいのじゃないかな。
 ホームズグッズ展覧会となれば、田中喜芳さんのコレクションの一部を展示した『シャーロック・ホームズ トリビアの舞踏会』が2019年10月21日~12月21日まで横浜の馬車道近く、関東学院大学関内メディアセンターで開催された。田中氏は人間行動学で博士号を授与された方だが、1987年、世界最初にしてかつもっとも入会基準が厳しいとされるBSI(ベイカーストリートイレギュラーズ)に日本人としての二人目の選ばれた人。一人目はご存知長沼弘毅氏だ。その田中博士が集めたドイル直筆の手紙、スランドマガジン、様々なポスター、小物類が展示されていた。
 ホームズ隆盛のあとを辿っていたら、アメリカからこんなニュースが飛び込んできた。ホームズもののパスティーシュといえば『シャーロック・ホームズ氏の素敵な挑戦』のニコラス・メイヤー。これまで三作あって、3つ目が未訳の〝 Canary Trainer 〟で、これが1993年刊行。それが26年ぶりに新作を出すというのである。〝 The Adventure of the Pecliar Protocols 〟がそれ。メイヤー73歳の新作登場だ。
 いやはや、「ホームズ案件」収集家の北原尚彦さんも大忙しの大盛況。まさに”シャーロック産業”といってもいいほどだ。
 ということで、最後は日本シャーロック・ホームズクラブの熱気あふれる年次総会の模様を京都在住になってゲストに招かれた新保博久さん自身に報告していただこう。

 去る九月二十八日、日本シャーロック・ホームズ・クラブが年二回、東京と地方とで開催している全国大会、この第八十三回は京都で開かれることになったので、座談会「大学推理研とシャーロック・ホームズ」の参加者として招んでいただいた。会場は京都大学・百周年時計台記念館。
 私に声が掛かったのは、たまたま昨年来、京都にUターンしていたせいにほかならない。他にゲストとして、立教ミステリ・クラブを立ち上げた編集者の戸川安宣氏、京都大学推理小説研究会の創設メンバーである弁護士の大川一夫氏が登壇、司会が翻訳家・ホームズ研究家で、今はなき青学推理小説研究会の古参である日暮雅通氏という錚々たる顔触れ。正直なところ、このテーマでしゃしゃり出るには私では格不足だろう。なにしろワセダ・ミステリ・クラブの結成は、最も老舗の慶応推理小説同好会(一九五二年設立)に次いで早い一九五七年、それに二十年おくれて私がもぐり込んだころには、草創期の仁賀克雄・小鷹信光氏らはもとより、瀬戸川猛資・北村薫・折原一ら諸氏も卒業したあとで、一種の中だるみ状態だったように思う。大学推理研とは何をするところだと訊かれても、さあ、よそさまは知らず、ミステリをはじめ本を読むのは独りでするから、独りでは出来ない呑み会、麻雀が主な活動であった。
 シャーロック・ホームズに関しては、一九七七年に日本ホームズ・クラブが誕生して、古典探偵小説としてだけではない新たな楽しみ方が提唱される夜明け前だったから、大方のミステリ・クラブ員は読んではいるがホームズはもう卒業したという雰囲気ではなかったか。なかでは、当時としても今さらながら山中峯太郎の翻案が、原典に即しつつもほとんどパロディのような面白さだと、局部的に盛り上がったくらい。その程度だったから、熱心なシャーロッキアン諸兄姉には、少なくとも私の話には聴いていただくほどの価値はなくて申し訳なかった。綾辻行人・望月麻衣の作家両氏による「シャーロック・ホームズと京都」の前座代わりになったか心許ない。それでも温かい拍手と歓声を頂戴できたのは、どこからどのようにでも楽しめるホームズ原典の包容力がファン諸氏にも継承されているからに違いない(よいしょっと)。
新保博久・記