御挨拶

京極夏彦

 初春のお慶びを申し上げます。
 一昨年に引き続き、昨年も災厄に包まれた一年でした。
 猖獗を極めた時疫は一時期終熄の兆しを見せつつありましたが、年頭より再拡大の様相を呈し始めております。いまだ先行きは不透明なままであり、およそ安寧が取り戻せたといえる状態ではありません。
 悲観する必要はまったくありませんが、楽観できる状況でないことも事実です。会員諸氏におかれましては、何卒冷静かつ理性的な判断を以てこの未曾有の状況に対処されたく願うものであります。
 一方、一年のほとんどが緊急事態宣言下におかれていたという先例なき事態は、私たちの社会そのものを大きく変容させました。また、世に瀰漫する拭い切れない不安、煩慮は、様々な形で噴出し、多くの不具合を露呈させることにもなりました。
 疫禍は必ず去ることでしょう。しかし一度変わってしまった生活様式は二度と元に戻ることはありません。また、それによって剔出された問題は疫禍と共に消し去ってしまってはいけないものです。それらは私たちが潜在的に抱え込んでいた誤謬や欺瞞に他ならないからです。可視化された以上は向き合い、できる限り解消していくべきものではあるでしょう。
 私たちが属する業界もその例に漏れるものではありません。
 卑近な例としては、一昨年来スタンダードになりつつある非接触型ミーティングによるトラブルなども挙げられるかもしれません。リモートワークに対しては「意思の疎通が上手にできないから駄目」「無駄なく情報交換ができて好ましい」という正反対の意見を耳にします。これはリモートワークのメリットとデメリットを誇張しただけの見解でしかありません。できること/できないことを明確にし、適正に使用するなら、こうした分断は起り得ません。私たちは既に様々なコミュニケーションツールを持っています。用途と効果を十分に吟味して使い分けるだけで、回避できるトラブルも多いものと思われます。
 ものごとは普く複層的なものです。例えば「効率的でないから廃止」というのは短絡的な判断でしょう。一方で「効率的でないところにこそ価値があるから現状維持」というのも極論ではあるでしょう。その場合は「効率的でないところが生み出す価値を効率的に残す」ために考えを巡らせることこそが肝要なのだと考えます。
 そもそも不要不急とおぼしき商材を供給することで成り立っている出版業界は、そうした対処によりセンシティブであるべきなのでしょうし、同時に熟考し、策を見出すべき立場にあるのではないかと愚考します。
 そうした状況下におきまして、当協会もSNSによる情報発信、江戸川乱歩賞・日本推理作家協会賞の公開贈呈式など、新しい試みに着手いたしました。不可抗力的な側面も多分にあるうえ、いまだ試行錯誤の域を出るものではありませんが、来るべき次のフェーズを見据えた施策の一環であることだけは間違いありません。
 本来、年頭を飾る御挨拶は新年の到来を寿ぎ、明るい展望を縷々述べるものであるべきでしょう。本稿もそのつもりで記しています。不透明な世相ではありますが、活路は幾筋もあるはずです。日本推理作家協会は、本年もエンタテインメント文芸出版の発展を眼目に、会員・賛助会員諸氏の健やかなる執筆活動、出版活動をサポートできるよう、微力ながらも努力を続けていく所存でございますので、何卒ご理解ご協力の程をお願い申し上げます。