第七十二回日本推理作家協会賞贈呈式・パーティ開催

 本年度の日本推理作家協会賞贈呈式は、五月二十七日(月)午後六時より、新橋の第一ホテル東京「ラ・ローズ」にて開催された。
 道尾秀介事業担当常任理事の司会で挨拶に立った今野敏代表理事は「代表理事を三期六年務めたが、これが最後の仕事となった。ここからの眺めも最後かと思うと感無量だ。協会賞は七十二年を迎えた。昭和二十二年に前身の探偵作家クラブが設立され、その翌年から賞が始まっている。歴史の古さだけではなく、非常に価値のある賞だと思っている。出版社が主催する賞でないこと、現職の作家がその年のいちばん面白い作品を選ぶ。そういう賞であることに誇りを持っている。私の後任となる京極夏彦君と、発表された短編に対して賞を出しているのはわれわれだけだという話をした。このことも誇って良い。本日は皆さまとともに受賞者を讃えたい」と語り、長編および連作短編集部門の葉真中顕氏、短編部門の澤村伊智氏、評論・研究部門の長山靖生氏に、前年受賞者の降田天氏から手渡された正賞の名前入り腕時計(大沢商会協力)と副賞の五十万円を贈呈した。
 続いて選考委員を代表して薬丸岳氏が長編および連作短編集部門の、黒川博行氏が短編部門、評論・研究部門の選考経過を報告した。
 薬丸氏は「最初の投票で受賞作は抜きん出ていた。しかし他の候補作についても最高点を付けている選考委員もおり、それぞれの作品に関する議論を重ねた。その結果、「凍てつく太陽」と「ベルリンは晴れているか」の二作についての議論に移った。「ベルリン~」を強く推される選考委員がおり後半の一時間ほどを費やす激論になった。議論が重ねられたが最終的には四対一の投票の結果、葉真中作品が受賞作に決まった。スケールの大きなエンターテインメントで、多くの選考委員の支持を得た受賞作である」と語った。
 黒川氏は「最初の投票で澤村氏と佐藤氏の二作品が上に抜けた。あとの三作は推す人もいたが推さない人もいた。それぞれの作品に対する論評を行った後に、残る二作に対する選考になった。それぞれ良いところもあり、悪いところもあったが、澤村氏の作品が受賞となった。評論・研究部門も最初の投票で受賞作が抜けていた。とはいえ、いろいろと議論を尽くした。受賞作も合本という問題や、過去に一部が候補に挙がったという問題もあったが、これまでの功績や良い評論であるという意見が一致した」と語った。
 この後、各受賞者より挨拶があった。
 葉真中顕氏は「ミステリー作家としてこの賞を受賞できたことはひときわ嬉しい。本書は戦争中の北海道が舞台で、外国人労働者や民族差別など、現代的なテーマも盛り込み、読者がいまのこととして読める作品であることを心がけた。選考会でもこのことを評価されたと聞き、自信になったし嬉しくも思った。現代的なテーマと言えば本書の版元の幻冬舎も注目を集めてしまっている。出版業界の皆さまは事情をご存じだろうが、幻冬舎の社長が作家の実売部数をツイッターで晒し、その行為が大きな批判を受けた。わたしも批判を行った一人だ。社長は発言を削除し謝罪文を自社サイトに掲載したが。この問題には前段もあり、そこに触れない謝罪は不十分という意見もある。さらに一方で社長に対する称賛の声も一部にある。社長自身が非を認めた現在も、その発言を擁護する者が一定数いる。良心を踏みにじり誰かを馬鹿にすることを喜ぶ風潮や空気が間違いなく存在している。そういう人たちも読者である、支持者であるという考えから、そういう空気に乗って露悪的、差別的な言説をまき散らすことが見受けられる。昨年はマイノリティに対する国会議員の非常に差別的な文章によって月刊誌が休刊になった。最近も国会議員による北方領土や被差別部落に対する非常識極まりない発言があった。こういう発言がばらまかれる背景には、それを支持して喜ぶ人がいる。出版界でもヘイト本がたくさん出版されている。私はこういう状況を受け入れるつもりはない。そういう連中は差別することを娯楽だと思っている。そうであればわれわれ小説家にできることはもっと良質な娯楽を提供することだ。本を開けば隣人を差別したり憎んだりすることよりもっと楽しいことがある、反対に魅力的な悪や不謹慎なことも示していける。小説の魅力は相対的に小さくなっているかもしれないが、語るに足る物語を書いていきたい」
 澤村氏は「ホラー小説の賞でデビューしホラー中心で書いてきた。しかしジャンル意識よりも、怖くてびっくりして面白い小説を書けたらいいなと思って書いてきた。賞をいただき、やってきたことは間違いじゃなかったと少し自信になった。これからも読者が読みたいと思う面白い小説を書いていきたい」
 長山氏は「もっぱらSFの歴史や、近代日本に起きた不思議なこと、変わった出来事について調べて書いている。多くのSFファンがそうであるように若いころからミステリーが好きで、読む方はミステリーの方が多いと思う。学生のころ、SFの歴史を調べ始めたときに、横田順彌先生にお世話になった。先生は今年の一月に亡くなられたが、今日のこのことをいちばん喜んでくれるだろう。それが受賞の連絡を受けたとき、真っ先に心に浮かんだことだった。伝統ある賞をもらいながらミステリーについてはあまり書いていないが、覚悟を決めてミステリーのことも書いていきたい。来年は「新青年」創刊百年に当たる。一九二〇年代は探偵小説が非常に隆盛した時期であると同時に、モダニズム文芸も興った。どちらも新しいもの、面白いもの、科学的なものを描こうとしている。江戸川乱歩は宇野浩二の影響を受け、川端康成なども探偵小説を書いていた。そういう時代だった。この時代を扱った「モダニズムミステリーの時代」という本を準備中で同じ版元から八月ごろに出せるかと思う。これをミステリー界に対する恩返しの第一歩と思っている」とそれぞれ喜びと決意を語った。
 最後に新代表理事に就任した京極夏彦氏の発声により、壇上に上がった受賞者、選考委員とともに乾杯し。三百人近い出席者は午後八時の散会まで、受賞者を囲み楽しいひとときを過ごした。