追悼

追悼 浦賀和宏氏

千街晶之

 本来、追悼文は故人と親交の深かったひとが書くべきものであり、浦賀和宏氏と一度しか面識がない私に執筆の資格があるかは意見が分かれるところであろう。しかし浦賀氏はシャイな人柄だったようで、あまり業界内のつきあいを好まなかったように思えるし、氏の作品について最も言及する機会が多かった批評家は恐らく私だろうから、敢えて筆をとることにした。
 四十一歳。浦賀氏の生涯はあまりにも短すぎたけれども、実は小説家人生は二十年を超えている。一九七八年生まれ、小説家デビューは一九九八年だから早熟の才能と言っていいだろう。デビュー作『記憶の果て』は第五回メフィスト賞受賞作であり、ミステリ・SF・青春小説などが混淆した作風は「一作家一ジャンル」とも言われたこの賞に相応しかった。その後、『時の鳥籠』などに『記憶の果て』の主人公・安藤直樹を登場させてシリーズ化し、デビュー作以上にジャンルミックスの傾向が強い作品世界を展開していった。二○○五年からは松浦純菜・八木剛士シリーズを、二○○九年からは安藤直樹シリーズのシーズン二と位置づけられる萩原重化学工業シリーズをスタートさせ、著者でなければ書けない世界を繰り広げる一方、二○○一年のノン・シリーズ長篇『彼女は存在しない』でブレイクし、シンプルかつ鮮やかなトリックを構成に仕掛けた作品で、より広い読者層を得ることに成功した。
 浦賀氏の作品には一種の自虐趣味があり、中でも『浦賀和宏殺人事件』が代表だが、著者自身をモデルにした人物を登場させ、作中で死なせたりひどい目に遭わせることが多かった(浦賀氏の本名が八木剛であることを死亡記事で知ったひとも多い筈だが、八木剛あるいは八木剛士といった名前は著者の小説に頻出する)。それだけに、浦賀氏ご本人の訃報に現実感が伴わなかった読者も多いかも知れない。生前最後に書籍化された作品は、二○一九年十二月に角川文庫から刊行された『デルタの悲劇』だが、これは小説家の浦賀和宏、本名・八木剛が何者かに殺害され、その遺作に手掛かりが隠されている―という趣向の、大変凝ったミステリだった。
 自身の趣味に突っ走る面とキャッチーな面とを兼ね備えた著者の作風は、近年ますます洗練されてきた印象があり、四十代を迎えた著者が今後どれだけの作品を発表できたかと思うと、急逝はひたすら悲しく、口惜しい。不幸中の唯一の幸いとして、浦賀氏の長篇の遺稿がひとつ存在しており、それが近いうちに刊行される予定だということは記して構わないだろう。タイトルは『殺人都市川崎』、版元は角川春樹事務所。衝撃のラストに驚愕間違いなしの傑作であり、是非目を通していただければと思う。