追悼

さらば友よ

伊東潤

 誉田君がゆっくりとグラスを置いた。二月十五日の夜十時頃。明治神宮前駅近くのソウル・バー。その時、彼が小さなため息を漏らしたので、私は「そろそろ帰ろうか」と作家仲間に声を掛けた。
 その日の読書会での誉田君は、いつものようにエネルギッシュな感じはなく、疲労感があらわだった。実は昨年末、階段を踏み外して膝を痛めてしまい、杖をついていたので、それで元気がないのだと思っていた。
 その日に駅で別れて以来、直接会うことはなかったが、対談の予定があったので、メールで連絡は取り合っていた。最後の連絡は三月七日の午前二時―。
 十二日の早朝、友人から突然メールが入った。そこには「誉田龍一さんがお亡くなりになったそうです」と書かれていた。
 言葉もなかった。その時は事故とか病気とか、死因を聞く気にもなれなかった(その後、九日の早朝に心不全で逝去と判明)。もはやこの世に彼がいないという事実だけが、重くのしかかってきた。
 誉田君とは、二〇一三年一月に開催された推協の麻雀大会が初めての出会いだった。その時に意気投合し、その後、出版社のパーティで何度か会うことで、さらに親しくなり飲み友達になった。
 私の読書会への参加はもとより、観劇、ナイター観戦、推協の土曜会、作家だけの勉強会、様々な飲み会など、一カ月に二~三度の頻度で会っていた。
 とくに印象的だったのは、私が二回目の直木賞候補になった時、「ぜひ待ち会に参加したい」と言ってくれたことだ。その理由を問うと、「受賞の瞬間、伊東さんと一緒に喜びを分かち合いたいから」と答えてくれた。以後、四回の待ち会すべてに参加してくれた。結局、四回とも私の作品は落とされたわけだが、彼はその度に私以上に口惜しがってくれた。
 誉田君は早稲田大学政経学部卒業後、塾の講師をやりながら二〇一五年頃、専業作家となった。その軽妙でリズム感のある文章とストーリーテリングの妙によって、多くの読者を獲得してきた。昨年くらいからファンも急増し、人気作家としての階を上り始めたところだった。
 むろん彼は人間としても素晴らしかった。いつも陽気で周囲に配慮ができ、他人の悪口は決して言わない。何の鬱屈もない理想的な男だった。
 今となっては彼の冥福を祈るしかないが、残された作品は、これからも多くの読者を楽しませてくれることだろう。
 さらば友よ。天国の門で待ってろよ!

誉田龍一お勧め
海外ミステリー10作
『星をつぐもの』ジェイムズ・P・ホーガン
『時の娘』ジョセフィン・ティ
『シャドー81』ルシアン・ネイハム
『火刑法廷』ジョン・ディクスン・カー
『キドリントンから消えた娘』コリン・デクスター
『九マイルは遠すぎる』ハリィ・ケメルマン
『失踪当時の服装は』ヒラリー・ウォー
『偽のデュー警部』ピーター・ラヴゼイ
『薔薇の名前』ウンベルト・エーコー
『招かれざる客たちのビュッフェ』クリスチアナ・ブランド
番外 『女には向かない職業』P.D.ジェイムズ