第六十八回日本推理作家協会賞 贈呈式・パーティ開催
本年度の日本推理作家協会賞贈呈式は、五月二十日(水)午後六時より、新橋の第一ホテル東京「ラ・ローズ」にて開催された。
事業担当の京極夏彦常任理事の司会で挨拶に立った今野敏代表理事は「今年も協会賞を選出できたことを嬉しく思う。毎年言っているが、この賞の受賞作は我が協会が自信を持って世に送り出すベストミステリーだ。ここにいる人はほぼ全員が関係者。皆さんでこの賞をますます盛上げ、受賞の方々をお祝いしたいと思う」と語り、長編及び連作短編集部門の月村了衛氏と早見和真氏、評論その他の部門の喜国雅彦氏と霜月蒼氏の代理である講談社の鍛治佑介氏に、正賞の腕時計(大沢商会協力)と副賞の五十万円を贈呈した。
続いて選考委員を代表して北方謙三氏が長編及び連作短編集部門の、山前譲氏が短編部門と評論その他の部門の選考経過を報告した。
北方氏は「今年は豊作で二作受賞になったが、そこに至るまでに相当な経緯があり、強引に二作受賞を主張したことに忸怩たる思いがないこともない。月村作品は非常にダイナミックで、状況や戦いや情念がどんどん動いていって爆発する作品だった。普通では書けないほどの出来だった。個人的にはもう少し沈黙する期間、地面に顔を突っ込んでいる期間、たとえば熱砂の嵐の時の静寂と血の臭い、汗の臭いを感じさせるものも書いていただきたかった。でもこれは冒険・ハードボイルド作品としては画期的な作品だった。早見作品は読み始めた時から暗く、読み進めるに連れてさらに落ち込んでいく作品だった。結末はいえないが、ある女性が落ち込んでいく姿にはリアリティがある。すごいなあと思って読み終わったが、やはり落ち込んだままだった。ある意味画期的な作品だが、どこかで救って欲しかった。これはマイナスをずっと書き続けた作品だ。マイナスを最後に積み上げるのではなく、かけ算をしてほしかった。かけ合わされた数値は大きくなりマイナスがプラスに転じる。そうなった瞬間に、読者にとって小説を読む醍醐味になっただろう。受賞が決定した後、お二人の別の作品を何作か拝読した。実力は十分だ。自分のため、小説のために今後頑張って仕事をしていただきたい」と語った。
山前氏は「選考会は短編部門から始めた。四作品ともそれぞれトリックや仕掛けの部分などに不自然なところがあった。三段階評価もおしなべて低調で、飛び抜ける作品がなく、議論の余地もあまりなかった。二年続けて受賞作なしに終わったのは残念だった。一方の評論部門は評価がはっきりしていた。霜月作品が最初の段階でダントツで高評価だった。近来稀に見る作品で、あっさりと受賞が決まった。それから残りの三作品を議論したのだが、ここからが大変だった。大橋崇行氏の「ライトノベルから見た少女/少年小説史」は明治からの流れを語っているが、漏れがあり、ライトノベルの定義がよくつかめなかった。杉江松恋氏の「路地裏の迷宮踏査」は蘊蓄が楽しかったが連載をまとめたせいか、全体を通すと印象が薄い。著者のキャラクターからいうと、もっと面白い語り口を期待していたという声もあった。喜国作品は論議が始まると推薦する人が増えて、選考委員たちの個々の評価も上がっていった。その一方では全否定する人がおり、土俵中央でのがっぷり四つという状態になった。一時間以上議論が続き、非常に大変だったが、やはり本に対する偏愛があった点が認められ受賞となった。協会賞の間口を広げた受賞作といえるだろう。二作受賞はまさかという結果だったが、非常に熱い選考会だった」と語った。
この後、各受賞者より挨拶があった。
月村氏は「私にとってこの授賞式は晴の場であると同時に、決意表明の場であると心得ている。長年一人の読者として協会賞を意識してきた。伝統ある賞の末端に、自分の名が記されると思うと、これに勝る喜びはない。自分にとってこの賞がこれほど大きいものであるということは想像がつかなかった。その気持ちはいろいろな媒体に言った通りで、そこに嘘はない。しかし普通であれば二次会三次会で言うような本音の本音を述べたいと思う。作家は誰しも欲が深い。できれば満場の大絶賛で賞をいただきたかった。それが協会賞の歴史に残るような大議論の末の受賞となった。それはそれで一つのエピソードとしていいのではないかと思う一方、協会賞の栄光ある歴史の中に自分が並んでいいのか、申し訳ないような肩身の狭い思いがある。しかしどんな形でいただこうが自分にとっては同じことである。たとえ大絶賛で受賞に至っても、数年後に自分がいい作品を書けていなかったら何の意味もない。大事なのはこれからどれだけ自分がいい作品を書いて、皆さまに読んでいただけるか、その一点に尽きる。いま自分にとって必要なのは傲慢になることでも増長することでもなく謙虚な誇りではないかと思っている。この作品は、編集者やいろいろな人の意見を聞き、その中で選択し、鋭意努力の末に書き上げた作品であるので誇りを持っている。ただその誇りと他人の意見は別の話だ。自分にとってはこの誇りが大事。それに対して賞をいただけた、そのことを深く胸に刻みつつ今後の作品に精進していく。決意表明といったのはそういう意味である。これ以上は作品で語っていく。ぜひ今後の私の作品でそのことを確認していただき、達成されていなければ厳しい言葉をいただきたい」。
早見氏は「基本的に自分のことを傲慢と思っている。雑誌のライターをしている時は、どんな立場のどんな偉い人と向き合っても震えることや緊張することがなかった。心の中ではなんぼのもんじゃいと偉そうに思っていた。その私が苦手な人種が二つある。一つはプロ野球選手だ。二軍の誰も知らない選手であろうと、僕はそこに至れなかったと思うと緊張してしまった。同じように呑み込まれて悔しい思いをさせられたのが小説家だった。プロ野球選手になる夢が潰えた後、はからずももう一つの憧れの職業である小説家になれた。こんな幸運な事はないという自覚はあるし、いま自分がどれだけ幸せな立場でここに立っているかという自覚もある。デビューしてから七年間、僕は小説に対し本当に謙虚に向き合ってきたという思いはある。デビューしてから先輩作家の皆さんへの憧れは消えないし、書き続けることへの凄さも、デビューした時よりも知っている。いまの自分には自信などない。編集者には期待するし二人三脚でやっていきたい。家族や友人にも支えていただきたい。謙虚にやってきたので今日だけは傲慢なことを言わせてほしい。十年後、この業界を食わしているのは俺だという自負はある。これからはミステリーも書いていくのでよろしくお願いしたい」と語った。
喜国氏は「昨日協会報が届き、選評を読んでいたら本棚探偵に関して紛糾したと書いてあった。今までにない面白さはあるが、この賞にふさわしいかで揉めたとあった。昔ファミコンゲームの絵を描いたことがある。その時任天堂からエッチなシーンの描き直しを命じられ、何度か描き直し最終的にゴーサインが出た。その時から任天堂の規準が僕の書いた作品になった。つまりこれより酷いのはダメ、ここまでならOKと各ゲーム会社に僕の作品を配ったらしい。今回の僕の協会賞の作品もここが規準になるんですね。ここよりミステリーに近ければOK、外れてたらダメということで、栄誉ある賞の規準になったと思う。そのほかに受賞した理由がなにかあると考えた。僕はバンドもやっているのでロックバンドの友達もたくさんいる。その中には本を読まない連中もいる。人生で読んだ本、文字の本と彼らはいうんですが、人生で読んだ本は二冊であると。その隣りにいた奴も二冊だと。聞いたら二人とも一冊が「成りあがり」でもう一冊が矢沢永吉の二作目でした。そういう人がいっぱいいます。協会賞を受賞した後、ライブハウスで会った人は、僕は本を読まないからどんな賞か知らないのでウィキペディアで調べたらすごい賞じゃないですか。本は読んでいなくても名前だけ知っている作家がずらっと並んでいる。漫画家以外の喜国さんにも興味が湧いた。喜国さんがこの間ネットで紹介していた切り裂きジャックの本を読もうと思いますと語ってくれた。そこは俺の本を読めよと言おうとしたけど、まあ面白いから読んでねといった。それから彼は読書に興味を持ったらしい。確実に間口は広がりました。僕の本が受賞したきっかけは担当の平野さんが僕が一部の人のために書いた文章を勝手に小説推理に掲載して、勝手に連載にして、立派な本にしてくれたこと。ありがとう。一人じゃ何もできないので、いつもお尻を蹴り上げてくれる愛妻にも感謝します。割れ鍋に綴じ蓋夫婦です。ミステリーを愛することに関しては、誰にも負けません。次回は賞を取ったので貰えないが、本格ミステリ大賞で候補になるくらい、ちゃんとした評論の本を出したいと思う」と語った。
霜月蒼氏の代理として担当編集者の鍛治佑介氏が「先日受賞が決定した夜に、鍛治さんと静かに祝杯を挙げておりましたら、鍛治さんがこの本は一冊分の長さがある本の帯のようなものですねと仰っていた。それを聞いて私はそれだと膝を打ち、うまいことをいうなと感心した。つまるところ私がミステリについて何かを書く時は、この面白い小説を世の中に知らせて楽しんでもらいたいという思いがあるからだ。それが霜月蒼という書き手の仕事だと思っている。そもそもこの本はクリスティのミステリはどんな風に面白いのだろうという個人的な疑問から始まった。クリスティは面白いと誰もが言うけれど、どんなふうに面白いのか語った文章はとても少ない。語られたとしても「アクロイド殺し」や「そして誰もいなくなった」や「オリエント急行の殺人」など一部の作品に偏っている。では「ナイルに死す」や「鏡は横にひび割れて」といった有名な作品、題名さえ滅多に語られない「死との約束」や「書斎の死体」「NかMか」は面白いのだろうか。そんな疑問があった。結果的にそれらはいま読んでもとっても面白い傑作ばかりだった。それをいまの読者に伝わる言葉で、表現していくことに精力を傾けたのがこの本だった。結果的にはクリスティ作品にとどまらず、そこから連想される多くのミステリ作品を紹介することになった。ミステリという言葉で括られる小説がどれほど豊かで面白いのか、それを伝えられればと思っていた。本を見つけるのにも検索に頼る人が増えている。だが検索だけでは自分に感心があるものしか出会えない。予想もしないアクシデントのような本との出会いこそが読書の醍醐味であることは、ここにいる皆さんならよくご存じかと思う。そうした出会いを演出する良きガイドブックの必要性が昔以上に高まっている。私以上に才能のある方々はミステリ界にたくさんいる。この本を踏み台にして多くの書き手による多様なミステリガイドが続々と登場することを願っている。その結果としてのさらなるミステリの発展を願っている」と霜月氏からのメッセージを代読した。
最後に壇上に立った権田萬治氏が「非常に熱心な審査があったと聞いた。この賞は審査の面でも作品の面でも優れている。これをバネにしてさらに飛躍していただきたい」と挨拶し、壇上に上がった受賞者および選考委員ともども力強い発声で乾杯し、三百人近い出席者は午後八時の散会まで、受賞者を囲み歓談のひとときを過ごした。当日の模様はスカイパーフェクTV!「AXNミステリチャンネル」で放映の予定である。
なお当日、下記のとおりのご寄附をいただいた。
記
ミステリチャンネル 生花