松坂健のミステリアス・イベント体験記

健さんのミステリアス・イベント体験記 第48回
雑学の裏側にある膨大な知的営為の展示
スクラップブックとノートブックの重さについて
(付)神戸に、陳舜臣さんの記念館オープン
2015年4月25日~7月5日

ミステリ研究家 松坂健

 誰にでも、あんな豪華な一日があったんだなあと思い出せる日の一つや二つあると思うが、僕には大学三年生の時だったか、ある試写会の日がそれにあたる。今から45年も前の昔のことになる。
 大手町の産経新聞社だったか、どこかの小さなホールだったと思うが、記憶は定かではない。そこで、ロマン・ポランスキーの映画の連続上映があって、『水の中のナイフ』や『反撥』につづいて、『袋小路』などの未公開作品も番組に入っていた。そのイベントの目玉が日本ではマンソンによるシャロン・テート殺害事件の影響もあって、お蔵入りしていた『吸血鬼殺しーあるいはあなたの喉にかみついちゃってごめんなさい』の上映だった。
 なぜか、僕はその会場に友人の故・瀬戸川猛資と一緒に潜り込むことに成功した。この会場にきたメンバーの豪華さたるや、後に語り草になったと言われるほどのものだった。
 作家の都筑先生、気鋭の評論家として売り出し中だった石上三登志さん、その他、名だたる映画評論家のみなさんがたくさん集まっていた。
 そのときに、僕の座席の前をひとりの白髭の紳士が通って行った。それが植草甚一さんだった。「その席空いてる?」「ええ、大丈夫です」とまあ、これが僕が植草さんと会話をかわした(会話になってないか)唯一の機会。
 映画が始まって、ふと隣の植草さんを見ると、膝の上にノートを出し、なにか書きながら画面に見入っている。映画を見ながらノートを取る。あれは伝説ではなく、事実なんだ、と僕は感銘を受けた。
 植草さんの人生は、自らもファンキーと称し、行き当たりばったりのアドリブ的と思われていたが、僕たち、彼のミステリ研究に親しんできた者たちは、そんな瞬間芸でああいうエッセイは書けないと思っていたので、読書にしても映画にしても、綿密なメモをとっていなければできないとてい信じていた。
 だから、試写会でノートを取り出し植草さんを見て、軽そうにみえるものを書くためには、水面下での地道な努力がいるものだと、あたらめて尊敬の念を覚えたものなのだ。
 そんな植草さんのメモやノートなどを中心にした文学展が世田谷文学館で開かれている。題して「植草甚一スクラップブック」。
 この文学館が植草さんをテーマにするのは、2007年の「植草甚一 マイ・フェイバリト・シングズ展」につづく2回目。
 前回が彼の幅広い趣味で集められたグッズ中心のものだったのに対し、今回は2007年以降に文学館に寄贈された貴重なスクラップブックやノートを中心に構成されている。
 映画、文学、音楽、コラージュ、雑学、ニューヨーク、ライフスタイルと7分野に仕分けされ、それぞれについての切り抜き帳、自分で作ったノート類が展示されている。そのどれもが几帳面に整理され、その時点で得られる情報をきちんと集約している。
 これだけのことをするには、どれだけの時間が費やされたことか。『僕は散歩と雑学が好き』と言いつつも、実は本領はそういう人の目に見えないところでの、知的な営為にあったのだと思う。
 なお、展示会場の一角に、彼が作りたかったという古書店”散歩屋”が再現されている。最後まで残った蔵書の一部、ペーパーバックスの山が懐かしい。彼の蔵書の大半がすぐに古書店に流れたのは有名な話。僕も十数冊は入手しているが、結構、書き込みがしてある。ちゃんと勉強しながら読んでいたのである。
 この展示会は9月27日まで。
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 乱歩賞『枯草の根』でデビューし、のちに中国歴史文学に転じたけれど、数多くのミステリの傑作を残し、今年1月21日、この世を去った陳舜臣氏の文業を検証する「陳舜臣アジア文藝館」に寄ってきた。正式オープンは5月26日だったが、プレオープンということで、中を見せてただけたのはラッキーだった。
 場所は、神戸のJR元町駅から大丸百貨店前の通称メリケンロードを南進、徒歩8分。メリケン波止場の手前にある「旧神戸税関メリケン波止場分庁舎」ビルの3階。海を臨む、ちょっとエキゾチシズム漂うロケーションで陳文学に親しんだファンには嬉しい場所だ。
 会場は陳さんの書斎を再現した「六甲山房」、書(絶品ですね)や著書を展示した「三燈書室」、それに遺影や在りし日の写真を飾ったギャラリーの3部屋で構成されている。
 この記念館を作ったのは、陳さんを慕う民間人の集まりである「崑崙の会」。
 神戸財界人や一般ファンの力で、このような文学館が生まれたのは快挙ではないだろうか。毎年、1月21日を「桃源忌」とするとのこと。
 陳さんの清冽なミステリをこの上なく貴重なものと思っている僕にとっては大事な心の故郷のひとつなりそうだ。