日々是映画日和

日々是映画日和(76)

三橋曉

 凡人の理解が狭隘になりがちな喩えに〝群盲象を評す〟があるが、そこからタイトルを戴き、幾通りもの異なった視点からひとつの物語を浮かび上がらせる手法で注目を集めたのは、以前にも触れたガス・ヴァンサント監督の『エレファント』だった。見事決まると良く出来た倒叙ミステリのようなカタルシスを生む、そんな〝エレファント型ミステリ映画〟の収穫から今回も始めようと思う。

 アカデミー賞の外国語映画部門のイタリア代表にも選ばれたパオロ・ヴィルズィ監督の『人間の値打ち』は、北イタリアを舞台に、不動産業を営む男と病院で働くその妻、投資家と女優という対照的な夫婦と、それぞれの子どもたちの人間模様が描かれる。ある晩のこと、盛大なパーティーでウェイターの仕事を終えて帰路を急ぐ男を、通りがかった車が自転車ごと引っかけ、逃げてしまう。男は病院に運ばれるが、間もなく死亡。轢き逃げ事件は、やがて関係者の間に複雑な波紋を投げかけていく。
 全体は四つのパートからなり、二組の夫婦の合計四人が語り手を交替しながら、その晩の出来事を再構築していく。事件の真相だけに留まらず、登場人物の関係までもが鮮明になっていく展開は、エレファント型としての完成度も高く、現代イタリアの世相を捉えた社会性もある。人間の卑しさ、愚かさにも迫る作風は、堂々たるものといっていいだろう。ちなみに、本作は先の〈イタリア映画祭2015〉で上映されたもので、ぜひとも一般公開が望まれるところだ。(★★★1/2)※公開未定

 若者たちの群像劇を通して青春を描くことにかけて、ここのところの台湾勢の右に出るものはない。グイ・ルンメイのミューズぶりが眩しかった『GF*BF』然り、貧しい高校生たちが孫文の銅像を強奪する『コードネームは孫中山』また然り。台北出身のチャン・ロンジー監督が手がける『共犯』は、お家芸の青春映画に、ミステリ映画の面白さがプラスされている。
 孤独な少年ウー・テェンホーは、下校途中の路地裏で同じ高校に通う女生徒ヤオ・アイニンの血まみれの転落死体を見つける。彼女の死の理由に思いをめぐらせる彼は、その場に居合わせ、一緒に警察からの事情聴取を受けたテェン・カイユアン、トン・ユィカイに、少女が苛められていたという推理を伝え、犯人に天罰を下そうと企む。しかし予期せぬ悲劇が三人を襲う。瑞々しい映像とともに、少女の死が三人の少年たちを不思議な絆で結びつけていく展開に青春ものの爽快感がにじむ。アクシンデントから窮地に陥っていく少年らが、心の内側をさらけ出していく後半も、切実さが胸をうつ展開が待ち受ける。少年少女らのいきいきとした存在感が、何より本作の魅力といっていいだろう。(★★★★)※7月25日公開予定

 取り締まりの対象が、悪質な詐欺商法からネットストーカーによる嫌がらせまでというサイバー犯罪対策課が警視庁に誕生して久しいが、『予告犯』のヒロイン戸田恵梨香扮する東大出のエリート刑事もここに所属する。事件のきっかけは、動画サイトに実際の犯罪現場が映っていたことだった。シンブンシを名乗る投稿者は、飲食店の厨房でゴキブリを料理した店員や、食中毒事件を起した食品会社、レイプ被害者を貶めツイッターを炎上させた男らに制裁を加えたると動画の中で宣言する。宅間孝行らの部下を率いる戸田恵梨香のチームも捜査に加わるが、サイバーテロの疑いから、彼女と犬猿の仲にある同期の田中圭がいる公安部が乗り出してくる。
 原作は筒井哲也の同題コミック。とはいえ、中村義洋の演出には、それに寄りかかったお手軽感はない。伊坂幸太郎や湊かなえの世界を鮮度はそのままに映像化した手腕はここでも健在で、飄々としたユーモアを醸しつつ、スピーディに事件を追っていく。ネットの反応を視覚化する手法は監督の十八番で、生田斗真率いる犯人グループや捜査陣だけでなく、移ろいやすい世論をも背景に収め、現代の劇場型犯罪をリアルに描いている。その点においても、この映画化は成功している。(★★★1/2)

 トム・ハーディといえば、デニス・ルヘインの短篇を原作とし、自身も脚本を担当した『ザ・ドロップ』は、残念ながら現時点で本邦劇場未公開(輸入盤で日本語版のブルーレイが入手可能)となっているが、同じくノオミ・ラパスと共演したのが『チャイルド44 森に消えた子供たち』だ。もちろん原作は、スターリン政権下のソ連に秘められた歴史の暗部に鋭く深いメスを入れ、世界中の注目を集めた英国の俊英トム・ロブ・スミスのデビュー作である。
 権力闘争の狭間に落ち、部下に裏切られたトム・ハーディは、国家保安省のエリート捜査官から一介の民警に格下げされ、田舎町に左遷された。そこで無残な少年の死体と遭遇した彼は、共通点のある猟奇的な事件が国内各地で起きていることに気づく。シリアルキラーの存在を否定する国家に逆らい、彼は妻のノオミ・ラパスとともに命がけで真相の解明に乗り出していく。リチャード・プライスの脚本には、ある大胆な改変があって、びっくり。いぶし銀のゲイリー・オールドマンとともに主人公を脇から支えるヒロインをはじめ、元同僚のファレス・ファレス、敵役のジョエル・キナマンら北欧勢がキャストの効き目となっている。原作の発展形ともいえる映画化といっていいだろう。監督はスウェーデン出身のダニエル・エスピノーサ。(★★★★)※7月3日公開予定

※★は四つが満点(BOMBが最低点)です。予定について特記なき限り公開済み。