健さんのミステリアス・イベント探訪記 第65回
ヴァン・ダイン、戸川昌子、江戸川乱歩世にミステリイベントのタネは尽きまじ!
ミステリコンシェルジュ 松坂健
今月は大きなテーマがなかったので、日録風に綴っていきたいと思う。
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●4月13日 グリーン・マーダー・ケース
脚本・演出 須貝英
於・下北沢 Geki
地下Liberty
(上演期間・4月11日~16日)
これはなかなか拾いものの推理劇だった。
テーマはもちろん、ヴァン・ダインの古典本格『グリーン家殺人事件』で、これに新解釈を施し、面白いプロットを練り上げている。
もとより、原作の忠実な再現ではない。
物語はグリーン家の惨劇が真犯人の逮捕、自殺で終わった半年後からスタートする。
実は本編の最後で真犯人が自殺する前に拳銃を乱射し、警官のひとりを傷つけたという設定になっている。
その警官、サイモン・ブレイは頭部に銃創を追い、深い眠りについていた。
その彼が事件後半年たって目を覚ましたのだ。
名探偵ヴァンスとともに捜査にあたっていたジョン・マーカム地方検事はさっそく駆けつけたが、サイモンは記憶を喪失していて、今は心理療法士のもとでリハビリに励んでいた。マーカムはこの一家皆殺しの惨劇の影にもうひとつの陰謀が進行していたのではないか、と考えていたのだ。
かくして、ドラマはサイモンの記憶回復の進行とかつての惨劇の進行とがカットバック手法でつながって描かれていくことになる。
やや過去と現在のないまざりがたが曖昧で消化しにくい部分はあるものの、サイモンの記憶の蘇りとともに、グリーン家に潜むもうひとつのドラマが暴かれていく趣向はなかなかのもの。
篇中、フィロ・ヴァンスはむしろ道化役で、名探偵役をつとめるのがマーカム検事というところなども、なかなか面白い。脚本・演出を担当した須貝英氏はパンフレットに、こんな一文を寄せている。
「すべて物語は基本、ミステリーだと思っている。必ずそこには謎がある。(中略)その謎の内容が犯罪行為なのか、その人物を構成する重要な秘密なのか、そういう違いがあるだけ」
そんな「謎」の捉え方をしていると、結末のついたミステリの中から、もうひとつの新しいミステリを作り出すことも可能ということになる。そういうことを考えさせてくれただけでも、この小劇場公演を見に行った甲斐はあったというものだ。
●4月21日 戸川昌子メモリアルパーティ
主宰・移動式青い部屋
於・KEYSTONE
CLUB東京(六本木)
戸川昌子さん一周忌
戸川昌子さんが亡くなって、ほぼ一年が経過した。戸川さんがお亡くなりになったのが、昨2016年の4月26日、最初は余命半年と言われた癌と共生し、5年もの間生き抜いての85歳の死だった。
四十すぎて生んだ超高齢出産で話題になった長男のNEROさんが企画したのが、この一周忌がわりの音楽会だった。
新保博久さんが講師をつとめる日本ミステリの読書会があって、その一回目のテーマが彼女の第一作『大いなる幻影』ということもあり、興味半分でこのイベントにも参加してみたのだが、得られた結論は、戸川さんは推理作家でシャンソンも歌えたというのではなく、シャンソン歌手がミステリも書いていたんだ、という事実だった。
「青い部屋」は戸川さんが渋谷にもっていたシャンソンを中心とするクラブ・サロンで、この日集まった多くのお客さんは、ほとんどそちらでの戸川ファンの方々だった。戸川さんの親しい友人たちが、それぞれ思い出を語り、シャンソンを歌うという趣向。ところどころに息子さんのパフォーマンスと思い出話がはさまっていく。ミステリ作家戸川昌子へのオマージュがなかったのは少し残念だったが、考えてみれば、乱歩賞をとる前にはシャンソン歌手としてデビューしていたのだから、こちらが本業だったということだ。
そんなこともあって、『大いなる幻影』もほとんど50年ぶりに再読してみたが、ところどころシャンソンの詞のような文体があるところ、登場人物たちのちょっぴり哀れな人生を凝視する眼差し、二十代でこれほどのものが書けたということに感動を覚えた。
青い部屋にも何度か行こうとしたが、銀座のナイトクラブ並みに高くつくという噂もあって、辿りつけなかった。本物の戸川さんが接客し、シャンソンを歌っているところを見たら、もっと評価が変わっていたかもしれないなあ。
●5月3日 森英俊さん・野村宏平さんトークショー「乱歩・吸血鬼の島」をめぐって
主宰・まんだらけ大まん祭り
於・中野サンプラザ
うーむ、またまた乱歩さん関連イベントだけれど、よくもまあ、ここまで発掘するものと感心のひとことしかないのが、森英俊さんと野村宏平さん共編の『吸血鬼の島―江戸川乱歩からの挑戦状Ⅰ SFホラー編』(まんだらけ 2500円+税)。
これは雑誌「少年」に乱歩出題という形で連続掲載された〈犯人探し大懸賞〉を発掘したものだ。中には捕り物帖のようなものも混じっているが、大半は明智小五郎や少年探偵団が出てくる。まさに珍品というべきだ。
おふたりのトークショーでは、これらの記事を揃える苦心が語られ、ヤフオクでの死闘のさわりが紹介されたり、マニアの世界の凄さを感じとれるものだった。なお、この本はまんだらけで購入可能かつ、ここで買うと小冊子『〈譚海〉掲載 犯人当て大懸賞セレクション』が付録としてついてくる。