日々是映画日和(93)――ミステリ映画時評
ヒップホップとカー・アクションの騒がしい映画と思いきや、途中からミステリ映画好きにも楽しめるシリーズになってきたのが〈ワイルド・スピード〉だ。ケイパー(強奪計画)ものの趣向を加えた五作目(MEGA MAX)、前々作で死んだ仲間が生き返ったとしか思えない事件をめぐる六作目(EURO MISSION)、クランクアップ前に主役のポール・ウォーカーが急逝し、二人の弟が代役を務めた七作目(SKY MISSION)と一作ごとに見せ場も多い。ヴィン・ディーゼル中心のファミリー・ツリーも豊かに茂り、敵役を含めて賑やかなサーガの様相を呈しているのがいい。そして最新作の『ワイルド・スピード ICE BREAK』でも真骨頂に変化はない。とりわけ今回加わったヘレン・ミレンが、なんとも憎い役どころで唸らせてくれます。
さて、今月は『ザ・コンサルタント』のアナ・ケンドリックが妄想系女子を賑やかに演じる『バッド・バディ! 私とカレの暗殺デート』から。失恋のショックで落ち込む彼女は、コンビニで出会い頭にぶつかったサム・ロックウェルから猛烈なアタックを受け、気がついてみると恋人同士に。実は彼らを結びつけたのは、二人に共通する常人離れした反射神経だった。「集中して、何かを感じ取れ」とのアドバイスを受け、彼女は彼が投げるナイフを次々とキャッチ。不思議な力を自覚するが、ほどなく相手の職業を知って彼女はショックを受ける。
依頼人を逆に始末する主人公の奇妙な殺し屋や、FBI捜査官を名乗るも得体の知れないティム・ロスなど、登場人物からも察せられるそこはかとなくオフビートな世界観が、スタン・リーやジョン・R・マキシムらの破天荒な小説世界を思い出させる。一見相性の悪そうなラブコメ色とのシンクロも鮮やかだが、そこにヒロインも大活躍のアクション・コメディの要素まで加わる。平凡な青年がダメ男と超人の間を行き来する破天荒な『エージェント・ウルトラ』と同じ人物による脚本と知り(ジョン・ランディスの息子のマックス・ランディス)、なるほどと納得した。(★★★1/2)
トランプ政権が強行した入国制限命令に抗議し、外国語映画賞ノミネート作の監督と主演女優が発したアカデミー賞授賞式に対するボイコット声明は、世界中に波紋を投げかけた。その『セールスマン』が、見事外国語映画賞の栄冠に輝いたのは、ミステリ映画ファンにとっても嬉しい出来事だった。アスガー・ファルハディ監督の受賞は二度目で、五年前の『別離』と同様、今回もイラン国内の現状を見据え、人としての正義の在り処を問いかける社会派のドラマの中に、絶妙ともいうべきミステリの手法が施されている。
倒壊の危険から住み慣れたアパートを越さなければならなくなった若い夫婦。高校教師のシャハブ・ホセイニは、妻のタラネ・アリドゥスティと共に小さな劇団に役者として所属し、間近には公演も控えていた。そんなある晩、夫の留守中に侵入した何者かが入浴中の妻に怪我を負わせる。妻は警察に届けることを拒み、やむなく夫は一人で犯人捜しに乗り出すが。主人公を突き動かす怒りは、彼自身の人格、さらには夫婦の絆をも蝕んでいく。犯罪被害者家族の葛藤と夫の復讐心が招くさらなる悲劇を、ファルハディ監督は克明に描いている。胸締めつけるような終盤の緊張感が圧巻だ。※六月十日公開予定 (★★★)
一九七八年ボストン。アイルランド系ギャングに雇われた下働きのチンピラ、エンゾ・シレンティとサム・ライリーは、雇い主のマイケル・スマイリー、キリアン・マーフィと落ち合い、取引の仲介役である伊達男のアーミー・ハマーと美女のブリー・ラーソンの案内で工場跡の倉庫へと向かった。やがて武器商人のシャールト・コプリーがノア・テイラーと元ブラックパンサーのバボー・シーセイを伴いやってくる。両陣営の間で銃売買の取引きがまとまるが、運転手のジャック・レイナーとサム・ライリーのしょうもない因縁が、とんでもない事態を招いてしまう。
製作はマーティン・スコセッシ、監督はバラードの「ハイ・ライズ」を映画化したベン・ウィートリー。『フリー・ファイヤー』は、バトルロイヤル形式で繰り広げられる悪党どものジャム・セッションだ。サム・ペキンパーもびっくりの激しい銃撃戦だけで成り立っているユニークな犯罪映画でもある。(★★1/2)
祖父の代から引き継いできた資源採掘事業の経営を悪化させ、尾羽うち枯したマシュー・マコノヒー。一攫千金を夢見て、不遇の地質学者エドガー・ラミレスと組み、インドネシア奥地で金鉱探索に乗り出す。試掘は難航し、彼もマラリアに罹って生死の境を彷徨うが、回復した彼を金鉱発見の朗報が待ち受けていた。上場を果たした彼の会社の株価は、ニューヨーク市場で急上昇していく。
スティーヴン・ギャガン監督の『ゴールド 金塊の行方』は、山師と紙一重の男の成功と転落のドラマを丁寧に描いていく。それゆえに、ある時点で炸裂するミステリ的な仕掛けが効果てきめんなのだが、宣伝文句にあるラスト10秒云々を意識し過ぎると、驚きは損なわれる。実話とあるが、一九九○年代に実際にあった事件をヒントに、それを脚本は大きく膨らませている。※六月一日公開予定(★★★)
※★は最高が4つ、公開日の記載なき作品は既に公開済みです。