第六十四回江戸川乱歩賞授賞式

 第六十四回江戸川乱歩賞に決定した斉藤詠一「到達不能極」(応募時は齋藤詠月名義)への授賞式が、九月二十八日(金)午後六時より、帝国ホテル「富士の間」にて行なわれた。
 道尾秀介事業担当常任理事の司会のもと、主催の一般社団法人日本推理作家協会今野敏代表理事から、「皆さんご存じの通り、昨年は受賞作なしというさみしい一年だった。今年はロトでいうキャリーオーバーではないが、例年以上に期待が大きかった。斉藤詠一というペンネームは私が考えた。私が名付けると次の賞も取れるというジンクスがある。本書の舞台は南極で、到達不能極というタイトルは聞き慣れないが、実はこれは普通名詞で、すべての大陸で海岸線から一番遠い地点を指すということを、この小説を読んで初めて知った。自信を持ってお勧めする作品だ。ぜひ手に取ってお読みいただきたい」と挨拶。続いて後援各社を代表して株式会社講談社代表取締役社長 野間省伸氏、株式会社フジテレビジョン代表取締役社長 宮内正喜氏からの祝辞があった。
 授賞式に移り、本賞・江戸川乱歩像と副賞の一千万円が、今野代表理事より斉藤氏に贈られた。
 池井戸潤、今野敏、辻村深月、貫井徳郎、湊かなえの選考委員を代表して辻村氏が、「賞金はキャリーオーバーされないが、選考委員のお祝いしたい気持ちと、今年の乱歩賞にかける期待値はすごくキャリーオーバーしていたので、その思いを叶えてくれたお礼をいいたい。本作は南極が舞台で、チャーター機が謎のシステムダウンで南極に不時着してしまう。いったいこの話はどうなっていくのかと思った。人の体温や皮膚の様子がこうなるという、南極を肌身で感じられる描写がすばらしかった。現代から話は第二次大戦中の一九四五年に飛び、そこから二つのパートを軸にして話が進んでいく。その時にひょっとしたら、こことここが接点があるのかと読み手として予測した。しかし展開が読めたことで先への期待がなくなるのではなく、もしそうなのだとしたらものすごく面白くなるだろう、もしそうならその登場人物はなぜそこにいるのだろうと思った時に、私は選考委員としても一読者としても心を掴まれた。構成力や文章力が見事な作品だったが、話の中核を為すアイデアについて課題があるのではないかという意見が出て、それが長い議論の対象となった。各選考委員が一読者として、作品に対して自分たちの気持ちをぶつけ合った。それでもこの構成力と文章力のある著者なら修正の形で応えてくれるのではないかという期待値込みで授賞という結論が出た。今回単行本を読んだが、選考委員の勝手な注文をつぶさに一つずつ検討してくれて戦った痕が見受けられた。中でも一番感動したのが、色々言われたとしても、守るべきところは最後まで守り抜いて、自分の作品世界に残してくれたことだ。この強さは作家として一番の武器になるところだと思う。ミステリー業界は一つのお家だと思っている。直接の対話はなくても先輩作家が自分の家の子だと見守ってくれていると、私は小説を書いていて多々感じる。乱歩賞は特に素晴らしい先輩がたくさんいて、自分の家の子だ、同じ賞の出身だと見守ってくれる感じが強い。私は受賞者ではないが、この賞に携われて幸せだ。その場所に斉藤さんを迎えることができて作家の一人としてとても嬉しい」と熱いエールを送った。
 受賞の挨拶に立った斉藤氏は、「作家を志したのは学生時代だったが、二十数年会社員をやってきてようやくここに到達できた。今の会社では人事部にいて、会社説明会では壇上に立って偉そうに会社の説明をしてきたので、こういう場に立つのは平気だと思っていたが、非常に緊張している。私は人事や総務など裏方の仕事が長いので、こういう会場にいても裏方の苦労に目がいってしまう。いま、自分は日の当たる場所に立っているが、裏方の苦労に光を当てられる作品を書いていけたらいいなと思っている。もう一つ本に対する感謝についてお話ししたい。私の家は下町の小さな本屋さんだった。文字通り本によって食べさせてもらい、心も身体も大きくしてもらった。学生の時に父が亡くなったので廃業せざるを得なかったが、二十数年の時を経て、本を売るのではなく、本を作る立場で継ぐことができたのかなと思っている。継いだ以上は面白い本を書いて、本に対する恩返しをしていきたいと思っている。せっかく構成力を褒めてもらったのに、緊張のあまり支離滅裂な状態で、若干頭の中も白くなってしまい、南極の中を彷徨っているような状態だが、私を導いて下さったすべての皆さまに感謝の念を捧げて挨拶に代えさせていただきます」と喜びを語った。
 斉藤氏に花束贈呈の後、東野圭吾氏の発声で乾杯。五百人近い参加者が斉藤氏の受賞を祝した。