日々是映画日和

日々是映画日和(108)――ミステリ映画時評

三橋曉

 台湾映画が青春ものの宝庫であることには度々触れてきたけれど、最近は犯罪映画の収穫も目立つ。今年の〈アジアフォーカス〉で観たホアン・シンヤオ監督の『大仏+』もその一つだ。仏像工房で働く中年男が、廃品回収で暮らす友人にそそのかされ、女たらしの社長のドライブレコーダーを覗いたことから、思わぬトラブルに巻き込まれていく。描かれる社会の底辺の風景と、そこに生きる男たちの暗い心の底流は、まさに〝台湾ノワール〟。近年の『血観音』や『ゴッドスピード』も、この流れに属する傑作と言っていい。この国発の犯罪映画には、目を光らせる必要があるだろう。

 その『大仏+』は、次いつ観られるかわからないので、映画祭中に二度観てしまったが、去年の〈アジアフォーカス〉の収穫『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』は、ほぼ一年遅れで正式公開になった。バンコクの優秀な進学校に、転校生のリンがやってきた。教師の父親と二人暮らしの彼女は、抜群の成績で入学を許可された特待生だったが、悪知恵の働く金持ちの息子パットは、試験で友人に答を教えていた彼女を引き入れてカンニングのビジネスを企む。リンは、より多くの生徒にカンニングをさせる方法をあみ出すが、堅ブツの優等生バンクに見抜かれ、窮地に立たされる。
 モデル出身だというリン役チュティモン・ジョンジャルーンスックジンのシュッとした佇まいが眩しい。というわけで、彼女がヒロインの女子高生を演じる学園ドラマとしても十分に楽しめるが、リンが考案した芸術的ともいえるカンニング方法を丁寧に描いてみせる、コンゲーム風ともケイパー風ともいえるミステリ的な展開が実に痛快。悪事なだけに苦い結末はやむをえないところだが、主人公の成長や、親子の絆の回復をうかがわせる後味は悪くない。(★★★1/2)

 十七世紀のオランダはアムステルダム。東からやってきたチューリップの球根が投機の対象となり、一攫千金の夢に踊らされる人々は高価な珍しい種を奪いあっていた。ジャスティン・チャドウィック監督の『チューリップ・フィーバー 肖像画に秘めた愛』は、デボラ・モガー「チューリップ熱」の映画化だ。独立間もない同国を舞台に、修道院から大富豪に嫁いだ娘の辿る数奇なる運命をドラマチックに描いてみせる。
 孤児から美しい娘に成長したアリシア・ヴィキャンデルは、スパイスの商いで財をなした男クリストフ・ヴァルツに請われ結婚するが、満たされない日々を送るうちに、肖像画のために雇われた若い画家のデイン・デハーンと恋に落ちてしまう。一方、女中のホリディ・グレインジャーは魚売りのジャック・オコンネルといい仲に。しかし、魚売りが球根売買に手を出したことから、彼ら四人の運命の歯車が狂い始める。
 今秋開催のフェルメール展とタイアップしているようだが、なるほど名画の数々を意識した画面構成が印象的だ。二組の男女の関係と、飽和状態に達したチューリップ・バブルが交錯する展開が、スリル満点。窮地に立つヒロインが繰り出す妙手に、唸らされる。(★★★1/2)

 宙ぶらりんになっていた『セブン』の続編の脚本を手直しして、ベテランと中堅の人気俳優をキャスティングし製作、公開に漕ぎ着けた『ブレイン・ゲーム』。奇妙な連続殺人事件の捜査に行き詰まったFBI特別捜査官のジェフリー・ディーン・モーガンとアビー・コーニッシュは、かつての同僚で今は引退している医師でプロファイラーのアンソニー・ホプキンスに協力を仰ぐ。神がかりに近い不思議な力で彼は容疑者のコリン・ファレルを突き止めるが、相手もまた彼の一手先を読み、捜査の網を巧みにすり抜けていく。
 『羊たちの沈黙』や『セブン』とどうしても比較してしまうが、随所に挟まれる個性的な映像表現をどこかで見たと思う方もあるだろう。そう、ブラジルから登場したタランティーノ愛にあふれる監督アフォンソ・ポイアルチの全米デビュー作である。残念なことに『トゥー・ラビッツ』ほどの驚きはないが、個性的な映像表現がたっぷりの追いつ追われつは見応えがある。(★★)

 全編がパソコンの画面のみ、といえばキワモノめいて聞こえるが、『search/サーチ』はなかなかどうして、堂々たるミステリ映画だ。十六歳の女子高生ミシェル・ラーが、深夜父親のスマホに着信履歴を残したまま、行方が知れなくなってしまった。娘の友人に電話を掛けまくり、SNSのアカウントにもアクセスして情報を集める父親のジョン・チョーは、我が子について知らない事が多かったことに唖然とする。デブラ・メッシングが担当捜査官に任命され、警察も本格的に捜査に乗り出すが、やがて娘が運転していたと思しき車が湖畔で発見される。
 主人公一家が韓国系ということで、オールアジアンが話題の『クレイジー・リッチ!』とも呼応している。三年前に亡くなった母親の思い出が切々と綴られるイントロ部分から、PC画面縛りの中で工夫とアイデアの限りが尽くされていく。それだけでも感心させられるが、中盤からは意表をつくミスリードや意外な犯人など、ミステリファンの頬を緩ませる展開のつるべ打ちされる。弱冠二十七歳、インド系アメリカ人監督による才気あふれる一本だ。(★★★★)※十月二十六日公開

※★は最高が四つ、公開日記載なき作品は、すでに公開済みです。