日々是映画日和(118)――ミステリ映画時評
今年七十四歳を迎え、老いて益々壮ん、としかいいようのないスティーヴン・キングは、衰えの見えない創作意欲でこの秋にも本国で新刊を上梓したばかりだが、それに呼応するかのように、映画化作品の公開も相次いでいる。詩情溢れる二部作の後編『IT/イット THE END〝それ〟が見えたら、終わり』にしても、キューブリックへの怨念がこめられた『ドクター・スリープ』にしても、かつてのキング映画化の悪しきジンクスなど嘘としか思えないほどの完成度に唸らされる。現在待機中の『ペット・セメタリー』からも、三十年前の旧作を乗り越えようとする若きクリエーターたちの意気込みが伝わってくる。年明けの公開を楽しみにお待ちいただきたい。
さて、ストックホルムからニューヨークへと舞台を移して映画化された『THE INFORMER 三秒間の死角』は、英国推理作家協会賞(インターナショナル・ダガー)にも輝いているアルデシュ・ルースルンドとベリエ・ヘルストレムの作品が原作(角川文庫刊)。マフィアの麻薬取引の現場に踏み込もうとしていたFBIは、間一髪ニューヨーク市警と鉢合わせしそうになる。そのため、囮捜査中だった市警の刑事が犠牲となり、FBIを手引きしていた前科者の情報屋ジョエル・キナマンも窮地に立たされてしまう。将軍と渾名されるマフィアのボスは、この機に乗じて彼を再び刑務所へと送りこみ、所内の麻薬取引を仕切らせようと企むが。
FBIの女性捜査官ロザムンド・パイクに飴と鞭で使われるジョエル・キナマンの情報屋役が素晴らしい。当局とマフィア双方から無理難題を押し付けられ、命懸けの綱渡りを強いられつつ、家族への愛を何よりも大切にするポーランド移民の姿に悲哀がにじむ。監督のアンドレア・ディ・ステファノは役者としても知名度が高いが、複雑な人間関係を巧みに解きほぐしていく前半、キレキレのサスペンスへと突入していく後半と、終始見事な演出で緊張感を途切れさせない。アメリカが舞台なのに、なぜかそれらしくないのは、ロケ地の刑務所がイギリスだったり、スタッフやキャストに欧州系が目立つせいか。(★★★1/2)
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のおかげで、車好き以外にもすっかり有名になったデロリアンという車種だが、『ジョン・デロリアン』は、一九七七年に起きた、その設計者が麻薬取引の容疑で逮捕された事件を描いている。ドラッグの密輸で捕まり、情報提供者となった運び屋ジェイソン・サダイキスが証人保護プログラムで移り住んだ先は、稀代の自動車エンジニア、ジョン・デロリアンの隣家だった。やがて新型車の売れ行き不振で資金繰りに苦しむ隣人を罠にかけることを思いつく。しかしFBIに持ちかけた囮作戦では、デロリアンとの信頼関係をめぐる疑心暗鬼で自分も苦しむことに。
不覚にもこの人物をめぐるスキャンダルを知らなかったので、評伝映画かなと思い見始めたところ、デロリアンという人物のミステリアスな人間性に幻惑されることに。不思議なカリスマ性を有する人物を『落下の王国』のリー・ペイスが絶妙に演じている。ミステリ映画としての見どころは、一石二鳥を狙った囮作戦で、渦中の男がどう転ぶか、その結果は幕切れ間近までわからない。デロリアンの人間性をめぐり、振り子のように揺れる謎が実にサスペンスフルだ。監督は、ガイ・バート原作の怪作『穴』を撮ったニック・ハム。(★★★1/2)※十二月七日公開
人気を博したという原作のコミックもアニメも実は良く知らないが、この人の映画なら観逃せない。フランスのコメディ界にこの人あり(?)のフィリップ・ラショーが主演・監督する『シティーハンター 史上最香のミッション』である。嗅ぐ者すべてを虜にする〝キューピッドの香水〟を悪の手から守ってほしい。そう依頼を受けたリョウ(フィリップ・ラショー)とカオリ(エロディ・フォンタン)だったが、油断した隙にバイクの男に件の香水を盗まれてしまう。タイムリミットは四十八時間。世界を救うため、シティーハンターの活躍が始まるが―。
新宿からパリに舞台を移してのフランス版だが、いきなりラショーお得意のお下劣なギャグが炸裂。その後も、ナンセンスに近い下ネタの釣瓶打ちがこれでもかと続くが、違和感を感じる間もなくお話はテンポ良く進んでいく。ヒャッハー・シリーズで伏線への拘りを芸の域にまで高めてみせただけのことはあって、きちんとミステリ映画になっていくところにも妙に感心する。続編を、と言いたいところだが、できればヒャッハー・シリーズの第三作の方を熱望。★の評価は、ミステリ映画としてのものです。(★★1/2)
東京人なら特別な思いに駆られずにはいられない地上のJR中央線とトンネルを抜ける地下鉄丸ノ内線が交錯するお茶の水の風景から始まる『アースクエイクバード』。ある朝、東京の翻訳会社に勤務するアリシア・ヴィキャンデルを警察が訪ねてくる。東京湾に女の死体が浮かんだ事件で任意同行を求められ、取調室での尋問が始まる。死体は、彼女の友人ライリー・キーオである可能性が高かった。二人は写真家の小林直己を介しての知り合いだったが、彼もまた行方が知れなくなっていた。
原作は、英国人スザンナ・ジョーンズの同題のデビュー作(ハヤカワミステリ文庫)で、CWAの新人賞に輝いている。なんと原著刊行から十八年ぶりの映画化だが、監督のウォッシュ・ウェストモアランドは違和感なく現在の東京に物語を溶け込ませている。原作のもやっとした印象を払拭し、物語の輪郭を鮮明にしているのは、演出やカメラワークの他に、異邦人のヒロイン役を演じたアリシア・ヴィキャンデルの陰影に富んだ美しさに負うところが大きい。日本文化の描き方もさりげなく、扱いにそつがない。見事な映画化だと思う。劇場公開を経て、現在はNetflixでの視聴が可能。(★★★1/2)
※★は最高が四つ、公開日記載なき作品は、すでに公開済みです。