日々是映画日和

日々是映画日和(124)――ミステリ映画時評

三橋曉

 久々に映画で観てみたいと思う本と出会った。「女帝 小池百合子」(文藝春秋)がそれで、一部で暴露本の誹りもあるようだが、著者の石井妙子は「おそめ」や「原節子の真実」などの評伝で既に定評あるノンフィクション作家だ。傍証だけでなく徹底した取材と冷静な論証で、希代の怪人物像を浮かび上がらせていくが、ノワールでピカレスクなエピソードの数々が、やがてサイコロジカル・スリラーの色合いを帯びる展開は、文句なしに映画向きだろう。もしも許されるなら、松たか子か大竹しのぶのヒロイン役をリクエストしたい。時事性にやや疎い日本映画への強力なカンフル剤になることうけあいだと思う。

 さてこの春、『バーフバリ』のプラバースが主演した『サーホー』という超強力なミステリ映画が公開されたばかりだが、それに追い打ちをかけるようにまたもインドから登場したのが『WAR ウォー!!』だ。本国では、昨年末の時点で『サーホー』を上回る興行成績を上げたそうだが、それも十分に頷ける密度の高い娯楽作である。
 イスラム過激派を追うインドの対外諜報機関RAWは、腕利きの諜報員リティク・ローシャンが政府高官を射殺し、逃亡したという知らせに震撼する。上層部は、裏切り者の追尾を若手のタイガー・シュロフに命じるが、彼は逃亡しているベテラン諜報員の愛弟子でもあった。複雑な思いで任務に就く彼は、ほどなく腑抜けたように少女と暮らす元上司を見つけ出す。
 少し前に、歌って踊らないインド映画がトレンドとなったことがあったが、本作の主人公らは、歌って踊りまくる。インド映画本来の娯楽性が、大胆不敵なミステリ的趣向と見事にマッチしているのだ。先の『サーホー』もそうだったが、ド派手な演出の中で大仕掛けが炸裂するミステリ映画の形が、この国の映画の新たなお家芸になりつつあるのかもしれない。休憩のインターミッションを挟んだ三時間の長尺を、まったく飽かさずに見せる熱さと勢いは、あざとさ込みでインド映画の醍醐味に溢れている。(★★★★)

 第二次世界大戦でドイツの占領下におかれたノルウェーが舞台。戦々恐々とする隣国のスウェーデン諜報部は、統治者である冷酷非情なナチスの国家弁務官ヨーゼフ・テアボーフェンのもとにスパイを送り込もうと画策し、歌姫で女優としても人気のあるソニア・ビーゲットに白羽の矢を立てる。『ソニア ナチスの女スパイ』は、国家から重い任務を背負わされた一人の女性の実話が元になっている。
 ヒロインを演じているのは、やはりノルウェー出身のイングリッド・ボルゾ・ベルダル。標的の懐深くに入り込んだ彼女は、ナチスとスウェーデンの双方から無理難題を押しつけられる。そんな中、偶然知り合った東欧のジャーナリスト、ダミアン・シャペルとの関係が、束の間心に平安をもたらすが、国家機密が相次ぎナチスに流出する事態の中、意外な人物がそれに関わっていたことが判る。スパイ行為の犯人をめぐる終盤の急展開がこの映画の見どころだが、ヒロインは戦後六十年目の公文書公開で名誉回復がなされるまで、ナチ協力者という汚名をそそげなかったという。戦争という負の歴史から学ぶべきことの多さを、改めて思い知らされる一本だ。(★★★)※九月一一日公開予定

 実話の映画化をもう一つ。アパルトヘイトのさ中にあった一九七〇年代の南アフリカで、政府への抗議行動に有罪判決を下されたダニエル・ラドクリフと仲間が投獄されるところから始まるのが、『プリズン・エスケープ 脱出への10の鍵』である。彼らを受け入れたのは、これまで脱獄者ゼロという警備を誇るプレトリア刑務所。しかし人種差別政策に抗い、自由と平等のために闘う決意の二人は、獄中で出会った同調者とともに脱獄を画策する。
 脱獄をテーマに、そのディテールをこれほど描いてみせる作品も、最近では珍しいと思う。主人公は手段を模索する中で、鍵の複製を思い立つ。しかし鍵を作る手段など獄中にあるわけもなく、それが出来たとしても、外に出るまでには気が遠くなるほどの施錠を突破しなければならない。その不可能を可能にしようとする十八ヶ月にもわたる血の出るような試行錯誤が、丁寧かつサスペンスフルに描かれていく。物理的トリックの実践編として、本格ミステリファンにもお奨めしておく。(★★★1/2)※九月一八日公開予定

 前作『ブラック・クランズマン』では、KKKへの潜入捜査に挑む黒人刑事を描いたスパイク・リーだが、最新の『ザ・ファイブ・ブラッズ』の主人公は、若き日にベトナム戦争に従軍した黒人の元兵士たちだ。老人となった彼ら四人組は、隊長の遺骨とともに戦場に残してきた金塊を回収するため、再びこの国に舞い戻ったのだった。
 宝探しの物語の形を借りた本作でも、この監督の主張に変わりはない。黒人もまた自国のために戦ったアメリカ国民だったという事実や、今も残されている地雷や帰還兵を苦しめるフラッシュバック、さらには遺児の問題など、半世紀近くたった今も戦争は終わっていないという現実を、これでもかと連ねていく。お宝をめぐる終盤の激しい争奪戦は、戦争という終わることのない悪夢を具現したものともいえるだろう。『最後のジェダイ』にも出ていたベトナムを代表する女優のベロニカ・グゥの印象的なカメオ出演が心に残る。(★★★1/2)※現在Netflixにて配信中

※★は最高が四つ、公開日記載なき作品は、すでに公開済みです。