日々是映画日和(172)――ミステリ映画時評
今回も、ミステリ映画未満の話題から。今年の米アカデミー賞に複数の部門(脚色賞と作品賞)でノミネートされた『ニッケル・ボーイズ』は、コリン・ホワイトヘッドの同題原作をもとに、一九六〇年代のフロリダに実在した少年矯正施設の信じ難い実態を暴いた作品だ。監督のラメル・ロスは、ドキュメンタリー出身の人で、黒人少年二人の視点に、当時を記録する動画や静止画像を交えながら、大胆かつ繊細にテーマに迫っていく。ただ、原作由来の叙述トリックには自覚的とは言い難く、そこが未満たる所以なのだが、次々突きつけられる施設で起きたことの恐ろしさに震え、どこまでも残酷になれる人間というものについて考えさせられる。現在、アマプラにて配信中。
先に脱獄囚の足取りが巡礼形式で浮かび上がる『正体』の原作者として注目を集めた染井為人だが、今度はデビュー作で横溝正史賞優秀作の『悪い夏』が、無双の職人監督、城定秀夫により映画化された。市役所でケースワーカーとして働く主人公を北村匠海が、生活保護を不正受給する幼い娘の母親役を河合優実が演じている。
同僚がシングルマザーの受給者に不当な関係を迫っているという。先輩の女性職員に引きずられて調査に協力する主人公は、幼い娘の無邪気な様子にほだされ母娘に肩入れするが、裏で手をひくヤクザから、ゆすりの標的とされてしまう。一方、仕事を失い困窮するシングルマザーが、悩んだ末に市の福祉課窓口を訪れる。折からのトラブルに苦しむ主人公は、荒んだ心で彼女に接してしまう。
湿度の高い真夏の猛暑と、悪い奴らのえげつない悪事。その双方を見事三文字に凝縮したタイトルの通り、善良で気弱な地方公務員が、負の連鎖に巻き込まれていく様が、不快感たっぷり(褒めてます)に描かれていく。不穏な緊張感が飽和点に達する壮絶なクライマックスは圧巻で、ワルや不心得者の思惑が最悪の出会いを果たす。なお、原作のドラスティックなテイストを緩めるなど、映画化にあたり若干の改変がなされている。先の『正体』と同様、原作との読み較べを推奨したい。(★★★1/2)*3月20日公開
二十世紀のイギリスを揺り動かしたアイルランド問題が、同国のEU離脱で再燃したのは記憶に新しいところだが、リーアム・ニーソン主演の『プロフェッショナル』は、テロによる武力闘争が激化した七〇年代の北アイルランドが舞台だ。
主人公の殺し屋は、報酬を受け取ると、フィクサー役に引退を宣言した。妻に先立たれ、移り住んだ海辺の町では隣人にも恵まれ、そこで余生を送ろうとしていたのだ。ところがベルファストで爆破事件を起こしたIRAのテロリストたちが町に逃げ込んできたことから、余計な殺人に手を染めてしまい、一味から付け狙われる羽目に。
これといった新味はないが、背景に広がるアイルランドの美しい自然や、国民性の一つでもあう気骨ある人物像を北アイルランド出身のニーソンが演じるなど、この国の空気が濃密に漂う。殺し屋の最後の仕事をテーマに、アクション、師弟関係、兄弟愛、復讐、恋愛、そして友情と欲張り過ぎるほど詰め込んでいるにも関わらず、破綻がない。キアラン・ハインズやコルム・ミーニイら犯罪映画でお馴染みの面々が脇を固める安定感もいい。(★★1/2)*4月11日公開
先に公開された『神は銃弾』のヒロインも印象的だったマイカ・モンローが、新人のFBI特別捜査官を演じるのが、九十年代のオレゴンを舞台にした『ロングレッグス』だ。並外れた直感力を買われた彼女は、三十年間に及ぶ連続殺人事件の捜査に抜擢される。
家族ばかりを狙った犯行の手口は、いずれも父親が妻子を手にかけ、自らも命を断つという遠隔殺人で、現場には謎のメッセージが残されていた。暗号と思しきその内容を解読し、事件の生存者を訪れるなどして捜査を進める彼女だったが、やがて封印された自身の過去と未解決事件の繋がりに行き当たる。果たして逮捕された容疑者は、うわ言のように彼女の名を口にし始めるが。
監督・脚本のオズグッド・パーキンスには独自の美学のようなものがあって、デモーニッシュな連続殺人犯を映し出す個性的なカメラワークや、ジョンベネ事件からの影響だとして登場させる人形のガジェットが不気味な雰囲気を盛り上げる。T・レックスの曲から、逆流するエンドクレジットまで、異様な世界観に支配された作品だが、本人と判らぬほどのニコラス・ケイジのメイクは蛇足だろう。*3月14日公開(★★★)
ローマ・カトリックの教皇選挙をコンクラーベといい、ラテン語で鍵のかかった立入禁止の場所を意味する。エドワード・ベルガー監督の『教皇選挙』は、世界が注目するこの一大イベントで何が行われ、何が起きているかに迫った作品といえる。
心臓発作で急逝した前教皇の後継者を決めるため、各国から百人余りの高位聖職者がバチカンに集結した。主席枢機卿ローレンス(レイフ・ファインズ)の主導で選挙が開始されるが、有力な候補者が数名おり、初日、二日目と投票結果は不調を繰り返す。自らも信仰の悩みを抱え、ローレンスは懊悩するが、やがて看過できない争いや不正の事実が事態を急変させていく。
目に見えない存在と自らを語りながらも、寸鉄人を刺すともいうべき態度で枢機卿たちの愚かな権力闘争を咎めるシスターのリーダー役イザベラ・ロッセリーニの凛たる存在感が素晴らしい。途中の紆余曲折を通じてもやもやする旧弊な世界観を、一気に晴らすラストも見事だと思う。原作はロバート・ハリス、『裏切りのサーカス』を手がけたピーター・ストローハンの脚本も手柄だろう。(★★★★)*3月20日公開
※★は四つが最高点