日々是映画日和(173)――ミステリ映画時評
かつてカメラの長回しには、フィルムの尺から来る時間の制約(ワンロール10分程度)があったが、撮影機器がデジタルに置き換わった今、ワンシーンの長さの上限は消滅したに等しい。とはいえ、臨場感を生むなどのメリットも多い反面、出演者やスタッフの負担は半端なく、例えば映画一本を丸々長回しで撮るのは無謀ともいえる。それを連続ドラマで成し遂げたのが、英国発の「アドレセンス」だ。1話60分の全4話で、各話は加工や編集のないシームレスなワンショット映像で作られている。衝撃的な逮捕シーンに幕をあけ、初動捜査や精神鑑定、家族の苦悩までもが、長回しならではの緊張感で描かれていく。この異色の犯罪ドラマで容疑者の父を演じるスティーヴン・グレアムは、監督のフィリップ・バランティーニと共に『ボイリング・ポイント 沸騰』でこの技法に挑戦済みで、その経験も活かされていると思しい。Netflixで視聴が可能だ。
犯罪映画のマエストロとして活躍しながら、ガイ・リッチーの作風の振れ幅は意外と大きい。『アンジェントルメン』では、第二次世界大戦下の史実である非公式な英国の軍事作戦の顛末を題材としている。
大西洋におけるUボートの暗躍で好ましからざる戦況に追い込まれたイギリスは、チャーチル首相のもと、起死回生を狙った作戦を画策する。ミッションのリーダー格にうってつけの人物(ヘンリー・カヴィル)は獄中にあったが、彼を旗頭に腕利きの5人が秘密裏に招集された。既に現地で活動中の男女工作員(エイザ・ゴンザレスとリチャード・ヘロン)と連携し、敵の拠点である西アフリカの小島に潜入すると、大胆かつ巧妙な破壊工作に着手する。
原作は、映画畑とも縁の深いダミアン・ルイスの歴史小説だが、参謀役はじめ、弓矢、爆破物、船の操縦と各方面のスペシャリストたちが、史実という縛りを忘れさせるほどの大活躍をみせる。Uボートだけでなく、本来味方である英国海軍の目も欺き、行動せねばならない作戦のハードルの高さもいい。
この監督らしい楽天性やユーモアも十二分で、目の前の軍事作戦がいつの間にかケイパーもののように映るのも、お約束だろう。007誕生秘話とも伝えられるが、若き日のイアン・フレミング役をフレディ・フォックスが演じている。(★★★1/2)*4月4日公開
日本での劇場公開は、「君よ憤怒の河を渉れ」を再映画化した『マンハント 追捕』以来で、映画館で観られるジョン・ウー作品としては7年ぶりとなる。『サイレントナイト』は、売人たちの抗争劇に巻き込まれ、命を奪われた少年の父親(ジョエル・キナマン)が、無法者のストリート・ギャングに孤独な戦いを挑んでいく。
クリスマス・イブの住宅街で俄かに巻き起こった銃撃戦は、家族と暮らす主人公の平穏な日々を根底から破壊してしまった。復讐心を滾らせる主人公は、ギャングの皆殺しを誓う。翌年のカレンダーに決行日を書き込むと、自らを殺人マシーンに改造すべく装備を調達し、厳しい鍛錬を重ねていく。
復讐のテーマを研ぎ澄ますためだろう、物語性も最小限に切り詰められている。台詞までもが極限まで刈り込まれているが、家族との思い出を反芻する主人公の回想は、いつになくメロウな印象を受ける。それが、「ザ・レイド」などからの影響も窺われる激しいアクション・シーンとの対比の妙を生んでいる。(★★★)*4月11日公開
同題の原作は、結城真一郎による日本推理作家協会賞の短編賞受賞作を含むコンパクトな作品集だが、それをスケールの大きな劇場型犯罪の物語に仕立てあげたのが、映画版の『#真相をお話しします』である。
訳ありの事情で深夜の警備員に身をやつす桐山(菊池風磨)は、抱える借金をチャラにしようと、生配信の暴露チャンネル出演を目論んでいた。返済期限も瀬戸際のある晩、とっておきのネタを準備し、友人の鈴木(大森元貴)とともに待機していると、3番目にやっと発言者の指名を受ける。しめたとばかりに数年前に巻き込まれた殺人事件の真相を語り始めるや、みるみる視聴者からの投げ銭が転がり込み始めるが。
豊島圭介監督に脚本で手を貸した杉原憲明による思い切ったアレンジは、まさに米アカデミー賞でいう脚色賞もののアイデアだろう。原典にあたる短編の数々を大胆に組み替えて、ハイブリッドな映像作品として再構築してみせた。匿名の傍観者を決め込むSNSの無自覚層にも、鋭く責任を問い掛ける社会派としても、観客の心を騒めかさずにはおかない問題作だと思う。(★★★★)*4月25日公開
スティーヴン・ソダーバーグ監督の実体験に基づくという『プレゼンス 存在』は、幽霊屋敷の物語として幕を開ける。親友の死で深く傷ついた少女(カリーナ・リャン)が、家族と新居に越してきた。仕事ひと筋の母親(ルーシー・リュー)と自己中の兄(エディ・メディ)が無関心を決め込む中、父親(クリス・サリヴァン)だけが娘の様子に気を配るが、心の痛みに苦しむ少女は、優しく声をかける兄の友人(ウェスト・マルホランド)に心を許していく。しかしほぼ時を同じくして、霊的な存在の気配を強く感じ始める。
ゴーストストーリーとして始まった物語が、次第にミステリに移行していく過程の手並みが鮮やかだ。霊的なものの正体は何か、そしてそれは何を伝えようとしているのか。『サイド・エフェクト』や『ローガン・ラッキー』といったちょっと変わったタイプのミステリ映画を手がけたこともある監督の才気は、本作でも存分に発揮されている。妙なるエンディングが、文字通り画竜点睛の効果をあげていると思う。(★★★1/2)*3月7日公開
※★は4つが最高点