日々是映画日和

日々是映画日和(175)――ミステリ映画時評

三橋曉

 協会報の隔月刊化の煽りを受け、いささか窮屈だけど、枕なしの5作レビュー、行きます。
 原作は、作者の背筋が自らオカルト雑誌のライターとして登場するモキュメンタリー形式だが、白石晃士監督の『近畿地方のある場所について』では、そのライター役を菅野美穂が演じる。映像化に伴う改変の一つには違いないが、実はその設定変更にはある巧妙な計算がなされている。
 大ネタを掴んだと言い残し、書きかけの原稿と共に編集長は家族と姿を消した。若手編集者の小沢(赤楚衛二)は常連執筆者の瀬野千紘に協力を頼み、目前に迫る〆切までになんとか記事を書き上げようと、二人三脚で奔走する。しかし、編集長の残した資料から幼女の失踪や中学生の集団ヒステリー事件を検証する過程で、なぜか彼は憑かれたように奇妙な行動をとり始める。
 巧妙な伏線の数々など、原作のミステリ仕様にも感嘆したものだが、映画版はその換骨奪胎に見事成功している。動画メディアの多用やエピソードの改変など、映画版ならではもてなしも数多く、原作を既読でも楽しめることを請け合う。(★★★1/2)*8月8日公開

 巻き込まれ型サスペンスは、ヒッチコックの昔から映画の十八番だが、ネット社会はそれを加速させているのかもしれない。浅倉秋成の同題原作を映画化した『俺ではない炎上』も、その一例だろう。
 取引相手の青江(長尾謙杜)との打合せを終えた住宅会社の営業マン山縣(阿部寛)は、自分がネットで話題の人物になっていることに愕然とする。身に覚えのない女子大生殺害の犯人としてネットは炎上、個人データや行動の逐一が晒されていた。一方、大学生のインフルエンサー初羽馬(藤原大祐)は、事件の被害者が親友だったと言って訪ねてきたサクラ(芦田愛菜)に懇願され、気乗りしない事件の捜査を手伝うことに。
 原作の叙述トリックをどう映像に移植するかが興味の焦点だが、ミステリ小説の映画化を多数手がける林民生の脚本は手堅く、合格点をクリアしている。感心させられたのは、物語中盤にある観客に向けての大胆なヒントの出し方で、映像ならではサジェスチョンに、なるほどこの手があったかと唸らされる。(★★★)*9月26日公開

 犯罪を扱ったストリーマー(ユーチューバーなどの配信者)は、時に暴走し、私人逮捕などで問題を起こすことも少なくない。チョ・ジャンホ監督の『殺人配信』では、カン・ハヌル演じる人気者のインフルエンサーが連続殺人犯を追う。
 被害者女性の着衣の一部を切り取り痕跡を残す殺人犯が世間を騒がせる中、犯罪ハンターを名乗るウサンは、〝犯人を捕えられるのは自分だけ〟と豪語し、挑発的な配信で注目を集めていた。ところがコラボした女性の配信者マチルダ(ハ・ソユン)が、覆面の男に拉致されてしまう。自身も配信を開始した犯人の挑発に乗り、マチルダをよく知るイ・ジンソン(カン・ハギョン)を巻き込み、ウサンは犯人を追い詰めていくが。
 1時間半強という短めのランニングタイムに、捻りの効いたプロット、巧妙な伏線、そしてたっぷり目のユーモアが凝縮されている。4年前の春先には主な撮影を終えていたそうだが、もしお蔵入りしてたのだとすれば、陽の目を見たのは元海兵隊員カン・デホのお蔭だろう。「イカゲーム」様さまである。ネット画面が続く煩しさもあるが、サスペンス醸す疾走感からネット依存の脆弱性をも突く苦い余韻までがあっという間だ。(★★★★)*9月26日公開

『ディストラクション・ベイビーズ』や『宮本から君へ』で、暴力の激発を露わに描いてきた真利子哲也監督の新作『ディア・ストレンジャー』は、西島秀俊の共演者にグイ・ルンメイを迎え、ニューヨークでのオール・ロケという台・米・日合作の国際映画だ。
 日本人の夫は大学のしがない研究者で、その妻は中華系で余暇の演劇活動を生き甲斐としているアジア系の夫婦と長男の一家。幼い息子は、血の繋がりがない父親にとっても、かすがいだったが、ある時、目を離した隙に誘拐されてしまう。無傷で帰ってくるが、その日を境に夫婦関係はギクシャクし、やがて緊張感は飽和状態に達してしまう。
 実は誘拐者は妻の昔の恋人で、やがて彼の死をめぐるミステリ映画となっていくのだが、夫婦の軋轢に重きが置かれ、二人の苛立ちばかりが前面に出て、謎解きの興味は隅に押しやられる。真相が明かされるタイミングも唐突だし、終盤近くのクラッシュ・シーンも、警察まで居合わせる偶然など、納得し難い。『薄氷の殺人』や『鵞鳥湖の夜』の窮境での輝きがヒロインにないのも残念だ。(★★)*9月12日公開

 章立てがなされた構成やダラダラと続く会話のシーンは、タランティーノの影響か? J・T・モルナー監督の『ストレンジ・ダーリン』は、いきなり第3章の激しいカーチェイス場面から始まる。
 赤いフォード・ピントで逃げるレディ(ウィラ・フィッツジェラルド)と、コカインをキメながらそれを追うデーモン(カイル・ガルナー)。追っ手の放った弾丸がピントに命中すると、負傷した彼女は深い森に逃れる。そこに暮らす元ヒッピーの老夫婦の家を見つけ、助けを求めるレディだったが。
 本作のどこか歪な印象は、殺人者の肖像ともいうべき主人公であるシリアルキラーの心の異相そのものだろう。エピローグを含めての7章の配置には観客に目隠しをする巧妙な計算がなされており、殺す者と殺される者の危うい関係とその相剋がこれでもかと描かれていく。構成の妙味と異様な熱量が同居する怪作にして快作である。(★★★★)*7月11日公開

※★は4つが最高点