日々是映画日和(174)――ミステリ映画時評
コロナ禍の始まった2020年。緊急事態宣言で孤立を強いられる少年少女が、天体観測という目的で繋がるネットワークの広がりを描いた青春小説「この夏の星を見る」が映画となり、近く公開されるという。その映画化にあたって一点気に掛かるのは、小説では濃やかな文章で綴られた人物たちが、映像でどう映し出されるかだ。映画の中でも登場人物たちは、マスクの着用を求められているに違いない。出演者たちは、顔の半分を隠さざるえない状況下で、その役をいかに演じるのだろうか、映画版への興味はつのる。7月4日の公開を楽しみに待ちたい。
さて、香港映画に追い風が吹いている。そのきっかけとなった『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』では、ルイス・クーらベテラン勢に混じってテレンス・ラウやフィリップ・ンら中堅の世代が気を吐いたが、『スタントマン 武替道』ではまたも彼らが大活躍する。
80年代、映画のアクションシーンの演出を手がけるサムは、仕事に熱心なあまり若手のスタントマンに取り返しのつかない大怪我を負わせてしまう。その後映画界を離れ、整骨院を営んでいたが、再び映画の仕事が舞い込んできた。しかし既に撮影の現場もコンプラ優先に変わり、サムの情熱も空回りしてしまう。撮影も滞る中、映画の世界に憧れるスタントマンの卵ロンの一途な献身が、殺伐とした現場の雰囲気を変えるきっかけとなっていく。
翳りが射す香港映画界の現状を背景に、新旧映画人の生き方を軸として、1本の映画ができるまでの苦難と紆余曲折が描かれていく。主演は、自身もアクション監督として無数の作品に携わり、俳優としての出演作も多いトン・ワイ。危険と背中合わせのスタントは、どこまでチャレンジが許されるかという興味深いテーマも浮かびあがる。その難問に快答を出してみせる画竜点睛のラストシーンに、ミステリ映画の快感が炸裂する。(★★★1/2)*7月25日公開
ところで、先の『トワイライト・ウォリアーズ』(2024年)を撮ったソイ・チェン監督のフィルモグラフィーには、『アクシデント』(2009年)というミステリ映画の超問題作がある。それを韓国でリメイクしたのが『プロット 殺人設計者』である。
事故に見せかけての殺人を請け負うグループを率いるヨンイル(カン・ドンウォン)は、ある時、奇妙な事実に気づいてしまう。自分たちが手がけた事件も、何者かの企みに組み込まれた一部分なのではないか? 彼はその黒幕を〝清掃人〟と呼び、正体を炙り出そうする。
政界に君臨する父親を亡き者にしたいという娘の依頼を引き受けたのも、それが直接の動機だった。しかしミッションの達成直後、不測の事態に見舞われる。見えない清掃人の影がちらつき、メンバーは疑心暗鬼に駆られていく。
本作のテーマは、ミステリにとっての非常にデリケートな部分にあたり、それゆえ物語への落とし込みも容易ではない。イ・ヨソプ監督は主人公の正気と狂気の間に踏み込み、先人とはまた別のタッチで、疑心暗鬼の魔物が跋扈する犯罪者の内面を描いてみせる。観る者を選ぶ作品かもしれないが、その意図を汲む者は、精緻な出来映えに唸らされるだろう。(★★★1/2)*6月20日公開
「ささやかな頼み」の邦題で翻訳もあるダーシー・ベルのデビュー作を映画化した『シンプル・フェイバー』だが、ヒロインの一方が刑務所行きとなる結末から、誰が続編を予想しえただろうか。前作同様、監督はポール・ヘイグ、アナ・ケンドリックとブレイク・ライヴリーが危ないママ友のステファニーとエミリーを演じる『アナザー・シンプル・フェイバー』では、またもエミリーのちょっとしたお願いから始まる。
思いがけず再会したエミリーから、ステファニーは花嫁の介添人の役を押しつけられた。再婚相手のナポリの富豪はマフィアのボスで、結婚式は南イタリアのカプリ島で行われるという。ステファニーはしぶしぶ現地に向かうが、花婿一族と敵対する一家や先の事件で関わったエミリーの親族らも招かれ、式には不穏な空気が垂れ込めていた。案の定、元夫のショーン(ヘンリー・ゴールディング)が変死を遂げ、次に花婿が殺される。あろうことかステファニーは容疑者にされ、警察から軟禁状態に措かれてしまう。
原作を離れて、キャラクターだけを活かした後日談だが、ブラックな味わいもそのままに、窮地に立たされたブロガー探偵ステファニーの八面六臂の大活躍が描かれる。中盤で明らかになる愕然たる新事実や、終盤の鮮やかな収束など、ジェットコースター的な読み心地は、前作に迫るものがある。正編とは同じ母親の胎内で発育した多胎児の関係にあることから、もし2人のヒロインの因縁をご存じなければ、時系列に沿ってご覧になるよう強くお奨めする。(★★★1/2)*5月1日より配信
ウ・ミンホ監督の『ハルビン』では、日本による朝鮮半島の植民地化が進む20世紀初頭、祖国独立のため韓国統監の伊藤博文暗殺を目論む大韓義軍の作戦行動が描かれる。
1908年、雪に覆われた山中で日本軍と遭遇した大韓義軍は数的劣勢にも拘らず白兵戦に勝利を収めるが、万国公法により捕虜を解放しようとするアン・ジュングン(ヒョンビン)は仲間と衝突する。しかし、その場を生き延びた日本軍の少佐(パク・フン)は、歪んだ復讐心からアンを付け狙う。捕虜を放免したせいで日本軍の逆襲により多数の仲間を失った義軍は、大連からハルビンへ鉄路で向かう統監暗殺を企てる。
暗殺計画をめぐる日韓双方の虚々実々の駆け引きや日本軍に寝返った裏切り者を探すサスペンスなど、途中ミステリ的興味の尽きない歴史ものだ。リリー・フランキー演じる伊藤博文の存在感が素晴らしく、支配する側の奢りをこれでもかと見せつける。(★★★)*7月4日公開
※★は4つが最高点