江戸川乱歩賞・日本推理作家協会賞合同贈呈式開催

 十一月一日(金)午後五時より、第七十回江戸川乱歩賞、第七十七回日本推理作家協会賞の贈呈式が池袋のあうるすぽっと(豊島区立舞台芸術交流センター)にて開催された(乱歩賞は株式会社講談社・株式会社フジテレビジョンの後援、豊島区の協力)。
 京極夏彦氏の司会進行により式典が開始された。貫井徳郎代表理事の「乱歩賞、協会賞各部門ともダブル受賞で、過去最多の受賞者となった。ミステリーの多様性を示していてけっこうなことだ」という開会挨拶の後に、江戸川乱歩賞受賞者と選考委員が登壇した。
 次いで豊島区長・高際みゆき氏、講談社代表取締役社長・野間省伸氏、フジテレビジョン専務取締役・矢延隆生氏からそれぞれ祝辞があった。
 贈呈式に移り、受賞者の霜月流氏と日野瑛太郞氏の代理である井上カンナ氏に、正賞江戸川乱歩像と副賞賞金五百万円の半額が贈られた。
 選考委員を代表して有栖川有栖氏が「七十回という節目のため、通常より多い七名の選考委員による選考会だった。また最終候補作も六作といつもより多かった。始めに各作品に採点をして議論のスタート地点を作るのだが、一番ポイントを稼いだのが日野さんの「フェイクマッスル」だった。筋トレに縁のなかった週刊誌記者が、ミステリーの探偵よろしく捜査や推理をくり広げる。その一所懸命なところが滑稽味を漂わせた。読み心地の良さと新鮮な味わい、ユニークさに惹かれた。最後には思いがけない事件の全体像も見せてくれる、よくできた作品だと思った。選考会終了まで四時間半かかったのだが、その原因の一つが霜月流さんの「遊郭島心中譚」だった。姉の死に関して納得がいかず苦しむ女性、父親の非業の死の裏に何があったのか知りたい女性。幕末の横浜に実在した遊郭島に、この二人の女性がらしゃめんになって潜入する。この二人がどう絡むのか。途中でこういうミステリーを読んでいたのかと、はっとする展開があった。しかし非常に難しいことをやっているので、納得できない点や、違った描き方があるのではないかという指摘が出て、議論が白熱した。編集の方のアドバイスを受け改稿すれば自分の力で作品のレベルを引き上げられるのではないかと判断して、同時受賞とした。このプロセスで各選考委員が自分のミステリー観や小説観をどんどん吐き出して、とにかく楽しくて充実した選考会になった。筋肉という目に見える具体的なものが中心の日野作品、、観念的なものが中心となる霜月作品。対照的な二作になったが、ミステリーはああも書ける、こうも書けるというふうに比べてお楽しみいただきたい」と選評を述べた。
 さらに東野圭吾氏から「二人の作品のおかげで有意義な時間が過ごせた。議論が楽しかったのは両作品に魅力があったからだ。乱歩賞作家の先輩としてアドバイスがある。当面、受賞作が代表作になるだろう。だがアマ時代に書いた作品がいつまでもそう言われているようでは問題だ。お二人の作家人生において、今回の受賞作が一刻も早く影の薄い存在になることを祈っている」というメッセージが送られ、司会者によって代読された。
 受賞挨拶に立った霜月流氏は「他の人に書けそうなものは書かない、自分にしか書けないものを書こうという強い思いを大切にしてきた。しかし好きな要素を一つ用意しても先例がある。一つでダメなら二つ三つと、それも互いに相性の悪いもの、かみ合わなさそうな要素を組み合せれば誰にも書けないものが書けると思ってこれまでやってきた。失敗作もあったが、書いていて楽しかったし、落選しても書いて損したと思った作品は一つもなかった。自分のスタンスが評価されたようで嬉しく思っているが、プロの作家としてスタート地点に立ったに過ぎない。毎回やばいものを出してくると言って貰えるような作家になれるように今後も頑張っていきたい」と喜びを述べた。
 次いで井上カンナ氏が「初めて最終候補に残ったのが第六十七回だった。そこから毎年最終候補に残るもののいつも受賞を逃し続けた。三年連続で落ちた時にはもう止めようかと思ったが、なんとか今回の原稿を書き上げ応募した。あの時に諦めなくて本当によかった。それができたのも家族や友人の励ましがあってのことだ。今日の贈呈式に出席できなかったのは、現在入院生活を送っているからだ。八月に体調を崩し、大学病院に行ったところ緊急入院することになった。「フェイクマッスル」発売の一週間後のことだった。しっかり治療すれば治せない病気ではないということで、いまは治療に励んでいる。仕事は入院中にもやれることに気づいた。いまは病院への潜入取材をしていると思って、次作の構想を練りながら前向きに入院生活を送っている。この本を読んだ多くの読者からの面白かったという感想に励まされた。その期待に応えるためにも必ずや病気に打ち克って復活したいと思っている」という日野氏からのメッセージを代読した。
 受賞者、選考委員を囲んでの写真撮影が行われ、江戸川乱歩賞授賞式は終了した。
 次いで各部門の受賞者と選考委員が登壇し、第七十七回日本推理作家協会賞贈呈式が開始された。
 長編および連作短編集部門は「地雷グリコ」の青崎有吾氏と「不夜島(ナイトランド)」の荻堂顕氏、短編部門は「ベルを鳴らして」の坂崎かおる氏と「ディオニス計画」の宮内悠介氏、評論・研究部門は「ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション 戦後翻訳ミステリ叢書探訪」の川出正樹氏と、「江戸川乱歩年譜集成」の中相作氏のそれぞれに、貫井徳郎代表理事から正賞の腕時計と副賞の五十万円が贈られた。
 試行第二回の翻訳部門では「トゥルー・クライム・ストーリー」翻訳者の池田真紀子氏と、原著者ジョゼフ・ノックス氏の代理の新潮社竹内祐一氏に正賞の二銭銅貨オマージュオブジェが贈られた。
 長編および連作短編集部門の選考委員を代表して月村了衛氏は「この賞の候補に選ばれた時点でどの作品も大変優れた作品であったことは言うまでもない。その上で大変選考に難航した回であった。青崎作品はいろいろな要素が絡んでいるので、意見が厳密に分かれてしまう。でも本作は〝持っている〟作品だった。加えて作者である青崎さんの不断の努力が、それを呼びよせたと断言してもいい。荻堂作品は筆力が圧倒的だった。分厚い二段組みの本であり大変な熱量を持っている。しかし筆力があるあまり、疑問に思う部分もあったが、最終的に下した著者の判断が正しいと私は思っている」と選評を述べた。
 受賞者挨拶に立った青崎氏は「デビュー以来、ライトテイストだがミステリー的な密度の高い作品を偏愛しており、同時にゲームやギャンブルとか格闘戦などにおける読み合いのロジック要素みたいなものを包括した作品を書いてみたいとも思っていた。本書はそういう自分の好きな要素を詰め込んだ結晶みたいな作品かなと思っている。推理小説をゲーム的なものとして割り切って捉えることの是非について悩んでいて、足踏みを続けている状況がある。これからもいろいろと悩みつつお話を書いていこうと思う。その中で自分なりに答えを見つけて、少しずつでも前に進めたらいいなと思っている」
 荻堂氏は「二年前のいまごろは本書の取材で与那国島にいた。そこで取材した方から言われた、この島で暮らしていくには本がいらないという言葉がいまでも胸に残っている。いまのこの国の多くの人が本がいらない生活を送っている。そういう中で小説を書くことを生業にしてきた以上、いま自分が何を書くべきで、何をすべきなのかをずっと考えていて、答えは出ていない。これからも途方に暮れることがあると思っている。そういう時に素晴らしい賞をいただけたことが、自分の心の支えになると思っている。この場を借りて刊行に携わって下さった方々、日ごろから応援して下さっている読者の皆さまに感謝をお伝えする」とそれぞれの喜びを語った。
 短編部門、評論・研究部門の選考委員を代表して湊かなえ氏は「選考会はとても幸せな時間だった。それは両部門で二作受賞という選択ができたからだ。短編部門では受賞した二作が高い得点になった。それぞれの作品を推す選考委員に分かれていたのだが、推していない方の作品の欠点を挙げるのではなく、自分が推した作品の良いところをずっと褒めることが続いた。これだけ褒められる作品の一方を落とすことなど考えられないということで二作受賞になった。「ベルを鳴らして」は主人公の女性の心理描写がすばらしかった。女性が描いたものと思って読んでいたので、作者が男性とわかった時は驚いた。ファンタジーのような物語で、心地よいまま不思議な世界に連れて行ってもらった。「ディオニソス計画」はアポロ11号の月面着陸が失敗した時のためのフェイク動画を撮影するという物語だ。アフガニスタンでの撮影なので、現地の人や通訳の日本人、イギリス人の撮影隊など、それぞれの人間の思想や考え方が入り交じったところで事件が起きる。その事件はシンプルだが、それぞれの思想を持った人がどう捉えるかによって事件が何通りにも見えてくる面白さがある。最後にその場所の十年後に言及した文章が出てくる。十年後にかの地がどうなったのかを知ると、これまで読んできた作品の色がガラッと違って見える。この違った状態でもう一回読んでみたいと思わせてくれる作品だ。評論・研究部門は受賞した両作品に、二つずつ選考委員全員の○がついた。それぞれの面白さがあるのだから、ということで二作受賞となった。「ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション」は戦後翻訳ミステリのさまざまな叢書や全集が取りあげられている。自宅にあったものを思い出した。全集の中でハズレがあったり、帯の文章も取りあげられているのが面白い。もう一回読み直したい、知らないこの作品も読んでみたいという気持ちにさせられた。今度はぜひ川出さんの監修による全集を読んでみたい。「江戸川乱歩年譜集成」は装丁もすばらしくて宝箱のような一冊になっている。乱歩の作品は皆たくさん読んでいるだろうが、乱歩の素顔が見える文章を、それも大きな有名なものだけでなく、こんなものまで探して載せているのだと驚いた。どの文章を読んでも、面白く、感心したり、乱歩好きにはたまらない本だった」と選評を述べた。
 受賞者挨拶に立った坂崎かおる氏は「中央公論新社から出ている「チャイニーズタイプライター」という人文書を読んで感銘を受けて書いた。この一作がなかったら書けなかったので、この場でお礼申し上げたい。本作はもともとはあるSFの新人賞に出した作品だったが、最終選考で落ちてしまった。講談社に見せたところいいんじゃないかと掲載され、こちらの賞にノミネートされた。ミステリーとして書いたものではないが、その要素をくみ取ってくれたということで大変ありがたく思っている。本作は先の大戦を扱っている。現状を見てもウクライナなどいたる所で戦争や紛争が続いている。体験していないことを体験できるようにするところが物語の強みであると思う。これからも戦争というテーマを書き、自分の中で答えを出していければいいなと思っている」
 宮内悠介氏は「この作品にはハザラ人というアフガニスタンの被差別の人々が登場する。私自身も二〇〇三年に現地で会っている。アフガニスタンといえばバーミアンの石仏破壊が有名だが、その石仏の麓に住んでおり、差別を受け殺され、ろくに報じられもしなかった人々だ。今回の作品はそのハザラ人を登場させるのが最大の目的で、主人公もハザラ人である。こんなふうに話すと社会派っぽいが、実は本格ミステリー寄りで、ずっと憧れてきたチェスタトンや泡坂妻夫的なアプローチも取り入れている。そういう作品でこの賞をいただいたことを嬉しく思っている」
 川出正樹氏は「私が初めてミステリーと出会ったのは東京創元社が出していた世界推理小説全集だった。幼いころは表紙の死とか血だとか殺しという文字を避けて、視界に入らないようにしていた。中学生になり刑事コロンボや金田一耕助に目覚めた。横溝正史がクリスティやカーの面白さを語っていたのを知り、その時初めて父が買っていた世界推理小説全集を思い出した。この全集がなければいまの私はいなかった。その全集を皮切りにいろいろな海外ミステリーに触れ、さまざまな叢書や全集を通して、本格ミステリーだけではなく、サスペンスや警察小説など、ミステリーにはいろいろ豊かな作品があることを教えてもらった。全集を通して、わたしと同じ体験をしてくれる読者がいたら嬉しい。湊かなえさんの話にあったように、蔵書や全集の監修が実現すればこれに勝る喜びはない。特定のジャンルしか読まない読者も、もう一歩踏み出してちょっと隣りを見てみると、面白い作品は意外にあって、そういう発見に叢書はうってつけだと思う。ハズレを引くこともあるがそれもまた読書の醍醐味の一つと思っている。私の本はデータの塊のような本で、すべて先行する諸先輩方の研究、評論に基づいて書いたものだ。私自身の意見は最小限に抑えており、先人の偉業を借りてきて作られたような本だと思っている。小鷹信光さん、瀬戸川猛資さん、北上次郎さん、松坂健さん、内藤陳さんを始め、先立つ方々の研究の上にある。その方々に、亡くなられた方々に敬意を表したいと思う」
 中相作氏は「江戸川乱歩の生れ故郷である三重県名張市から参りました。乱歩はたまたまお父さんが仕事で名張にいた時に生まれ、生後八ヶ月で余所に引っ越してしまっているので、ゆかりと呼べるものは全くない。二〇〇四年に「子不語の夢」という本を作った。乱歩のデビューを手伝った医者で小説家の小酒井不木との間の書簡が揃ったので本にした。私は指図しただけですが。翌年にこの賞にノミネートされて受賞には至らなかったが、今回は受賞の栄誉を賜った。本書は評論でもないし研究でもない。評論や研究を志す人の手助けになればという気持ちで作った本だ。カテゴリーエラーは承知の上でいただいた賞であり、すべての関係者の皆さんに心からお礼を申し上げたい」とそれぞれ喜びを語った。
 翻訳部門の選考委員を代表して杉江松恋氏は「最終選考に残った五作品はそれぞれまったく違うミステリーの要素を体現していた。いま一番世界で伸びている中国語圏ミステリーだが、その中でも日本の新本格以降の作品に影響を受けている作品が多い。孫沁文「厳冬之棺」はそれを代表する作品だ。ジョゼフ・ノックス「トゥルー・クライム・ストーリー」は、日本でも実話怪談の分野で人気のある現実と虚構の間をわからなくする、モキュメンタリーの手法を使って書かれたものだ。S・A・コスビー「頬に哀しみを刻め」はアメリカの中でも問題になっている格差、分断を前提としている。それを犯罪小説という形式で書いたことに大きな意義がある。イギリスのミステリーにはクリスティ以来のフーダニットの系譜がある。アン・クリーヴス「哀惜」は、その系譜において、研ぎ澄まされてきた技巧を受け継いだ第一人者の作品だ。ダニヤ・クカフカ「死刑執行のノート」はいわゆる主流文学とミステリーの教会にある作品で、ここに上がってきたのも素晴らしいし、ミステリーというジャンルの豊穣さをあらわすものだと思う。この五作によって、世界のミステリー界の潮流が一目でわかる素晴らしい候補作だった。選考は難航したがようやく選んだのがノックスの作品だった。試行が取れる来年以降もご期待いただきたい」と選評を述べた。
 受賞挨拶に立った翻訳者の池田真紀子氏は「翻訳の仕事を始めてちょうど三十年になる。いろいろな本を翻訳してきたが、新しい本を翻訳し始める時はいまでもとても緊張する。今回の作品は地の文がなく、ある作家が事件関係者にインタビューをして、その発言だけで話が進んでいくモキュメンタリーという手法の、これまで訳したことがないタイプだった。普段以上に肩に力が入った状態で翻訳を始めた。肩も首も凝りまくり、脳に酸素が供給されなくなった。そういう時にいつも思い出すのが、作品を面白くするとか、キャラクターを描き分ける作業は、すでに原著者が引き受けていてくれて終わっているということだ。日本語にするからといって、私が何かする必要がないことに途中で気づく。翻訳が上手くても面白くないものは面白くならないし、面白いものは面白いままにしかならない。そこで肩の力が抜けて順調に翻訳が進み始める。今回の場合は、大勢出てくるキャラクター一人一人の台詞を言っている時の表情や、仕草とか声の調子などが頭の中で見えるようになってきた。それはノックスの力量とか情熱とか、大胆不敵さとかにあり、本書はそういう著者の実力のショーケースみたいな作品になっていると思う。この賞をいただいて、またその調子でもうちょっと頑張ってねと励まされた気持ちでいる。担当編集者の竹内祐一さんはじめすべての関係者にお礼を申し上げる」
 原著者のジョゼフ・ノックス氏はビデオ動画で「このクレイジーな本にチャンスを与えて下さった新潮社、翻訳者の池田真紀子氏、日本推理作家協会に感謝を申し上げる。大変光栄に思う。本書は事実、虚構、現実を混ぜ合わせて書こうとした作品だ。犯罪自体ではなく、現代人が送りがちな歪んだ人生を語る手法だ。ありがとうございました」とそれぞれ喜びを語った。
 なお贈呈式の映像は、YouTubeで公開中。以下URLを参照して下さい。
https://www.youtube.com/watch?v=yGar4rs0EeA&t=3352s