インディーズ出版いきあたりばったり探訪

第1回

野地嘉文

 新刊は見かけたときに捕まえないと二度と巡り合えず、いつしか買うのを忘れる。映画やドラマはいつでも配信で観られるからと油断していると、つい後回しになる。コンテンツの女神には前髪しかない。それでも書籍や映像作品はあとで追いかけるのは比較的たやすい。
 時間が経てば経つほど、内容がわからなくなるものの筆頭は演劇やトークショー、展示会だろう。2020年まで日本推理作家協会会報に掲載されていた、故松坂健による「健さんのミステリアス・イベント体験記」はそんな一期一会のイベントを記録に留める好連載だった。一期一会といえば、私家版、同人誌を含むインディーズ出版もそのひとつ。この連載ではインディーズ出版に特化して紹介する。第1回は2025年5月11日(日)、東京ビックサイトで開催された、文学作品展示特売会「文学フリマ東京40」にて出品された本から。

橘外男・沢田安史編『翹望 橘外男戦前新聞小説集成』
 国書刊行会『定本久生十蘭全集』や『定本夢野久作全集』の編者を務め、驚異的な嗅覚で単行本未収録作品をいくつも発見してきた沢田氏が、今度は橘外男の埋もれた長編小説を掘り起こした。昭和14年に信濃毎日新聞などの地方紙に連載された『翹望』である。題名は「ぎょうぼう」と読む。親を亡くした姉弟が父の親友に引き取られるが、姉はその家の長男につきまとわれ、弟にも不幸が襲い掛かるという、秘境小説や怪談の作家、橘外男のイメージを覆すメロドラマと見せかけ、実はやっぱり橘外男は橘外男。期待を裏切らない。短編「恋愛異変あり」を併録。解題は沢田安史。解説は谷口基。表紙は宮島亜紀。
発行日:2025年5月11日編集:沢田安史 発行:書肆銀月亭 ページ数:379ページ 判型:A6 税込価格:2000円

ジョン・ラッセル・ファーン『科学探偵ブルータス・ロイドの事件簿』
 日本SF界(の一部)で「世紀の愚策王」として称えられたというパルプ作家によるSFミステリ連作集。天才科学者ブルータス・ロイドは、自分の才を持て余してか、奇怪なる事件が起きるとその謎を解かずにはおられなくなる性癖の持ち主。しかし、その捜査と推理は論理を超え、常識を上回る解決がつく。自信たっぷりのさまはシャーロック・ホームズを彷彿とさせるし、そのトンデモ推理は海野十三の帆村荘六を想起させる。こうしてファンが多い名探偵を引き合いに出すと、それだけで読者は読まずにはおられなくなるに違いないが、その判断と行動に責任を持つのは読者。訳と解説は蟻塚とかげ。
発行日:2025年5月11日 編訳:蟻塚とかげ 発行:爬虫類館出版局 ページ数:287ページ 判型:A6 税込価格:2000円

『『新青年』趣味 第25号』
 特集は高木彬光没後30年と、1925年の『新青年』。『新青年』研究会の会誌として、これまでは同誌で活躍した戦前の探偵作家の特集が多かったが、寄稿実績があるとはいえ、『新青年』の印象が薄い高木彬光を取り上げているのにまず驚く。特集はご息女の高木晶子氏の回想を巻頭に、推理劇『呪縛の家』を演出した野坂実のインタビューが軸である。二つ目の特集は、今から100年前にあたる1925年(大正14年)を振り返り、森下雨村編集長時代の『新青年』を特集。探偵小説の研究系同人誌の最高峰ともいえる同誌は、ネット通販の書肆盛林堂や西荻窪の古書店、盛林堂書房でも入手可能(と思う)ので是非。ちなみに冒頭で触れた『健さんのミステリアス・イベント体験記』は盛林堂ミステリアス文庫の一冊にまとめられ、書肆盛林堂や盛林堂書房で入手できるのであわせて紹介しておく。
発行日:2025年5月5日 発行:『新青年』趣味 編集委員会 ページ数:330ページ 判型:A5 税込価格:2750円

わんにゃん堂『こうしてぼくらはデビューした―小説新人賞 七つの道―』
 発行日から想像がつくように、初売りは2024年12月開催の「文学フリマ東京39」である。わんにゃん堂は、2018年にミステリ関連の新人賞を受賞した作家が中心となった親睦会が母体。新人賞獲得のコツ自体は、同種の内容がネット上で閲覧できようが、紙の本にまとまったところに祝祭感がある。作家のエッセイを目にする機会が減った昨今、デビュー前に感じていた悩みなど贔屓の作家の肉声に触れる機会としても貴重。
発行日:2024年12月1日 著者:犬塚理人・井上ねこ・越尾圭・京橋史織・斉藤詠一・酒本歩・辻寛之 発行:わんにゃん堂 ページ数:60ページ 判型:A5 税込価格:500円