松坂健のミステリアス・イベント体験記

健さんのミステリアス・イベント探訪記 第44回
映画『砂の器』主題歌、組曲『宿命』の演奏会とCD化をめぐって
2014年3月30日 東京芸術劇場
7月23日 CD化発売

ミステリ研究家 松坂健

 今年2014年の夏も各国の作家、ミステリ研究家が集まる国際推理作家協会(AIEP)に参加してきた。今回の会場はルーマニアのブカレストとブラショフ(吸血鬼ドラキュラの故郷)だった。
 この会議では、参加者がそれぞれ自分のお国のミステリ最新事情を報告するのが慣例で、日本編のレポートは畏友、小山正さんが用意してくれた海外で翻訳出版された日本ミステリのリストをもとに僕が行った。そのリストをネタに、食事の席などでは日本のミステリについて積極的に語りかけてくれる研究者もいる。英国のボブ・コーンウェルさんもそのひとりで、浜尾四郎なんて読んでいて(短編の翻訳が出ている)、それについての質問をeメールで送ってくるほどの物知りだ。そのボブが、日本のミステリの注目作はなんといっても、セイチョー・マツモトの"Inspector Imanishi Inventigates"だと主張する。それで、原作もいいが、あの映画化も素晴らしかった、とコメントする。
 『今西警部は推理する』って何かというと、これが『砂の器』の英訳題名なのである。欧米のミステリ読者は運命のドラマというより、淡々と語られる警部の捜査行の方に興味があるようだ。帰国して、以前、買い求めてあった英訳本を見ると、その裏表紙に各紙絶賛の書評抜粋が載っている。
 いわく「メグレ警視とダルグリッシュものの隣に置くべき本」「戦後の混乱から経済的に立ち直ろうとする日本の社会背景を描く、ディケンズ、パルザック的な試み」(清張さん、こんな批評を知ったら喜んだことだろう)なかには「スタウトの構造をもつエルモア・レナードのタッチ」なんでよく分からない表現もある。
 いずれにしても、欧米のミステリファンにそれなりの一石を投じた作品だが、日本ではやはり映画『砂の器』の成功だろう。
 ボブいわく、あのラスト40分。謎の解明が、コンサート会場、捜査会議、回想シーンの3つのモンタージュで進む構成は類例がない、と絶賛だ。たしかに忘れがたい趣向だった。
 それは、映画のバックに流れたピアノ協奏曲『宿命』のあのパセティックな音楽の存在を抜きにして語れないものだろう。
 ということで、あれこれ調べていたら、この夏、7月23日に西本智美という新鋭指揮者のもと日本フィルハーモニーが演奏した『組曲宿命』のCDが発売されていたことが分かった。今年3月30日、映画の公開40周年(もうそんなになる!)を記念して、東京芸術劇場で行われたコンサートの録音盤だ。
 映画『砂の器』の影響力の持続性は大したものだ。
 あの悲壮なメロディーにのせて、不治の病に犯された父親とその幼い息子の旅が日本の四季をバックに描かれる。その宿命をピアノに託して演奏する犯人、朗々と事件の顛末を語っていく丹波哲郎の今西刑事。3つが重なり合って、どうにもならない宿命の悲劇があぶりだされる。帰国してDVDを二度見たが、飽きない。すごいドラマトゥルギーだ。
 僕は小説というのは、「思いがけない時に・思いがけない場所で、思いがけない人がいたり、会ったりする」ことから始まるものだと思う。それが恋愛や社会問題を生んで、時系列順にナレーションされれば普通文学、思いがけない出会いが犯罪を生み、それを時系列的に遡って描けばミステリ(もちろん同時進行もあるが)という定義だ。
 その点でいくと、「砂の器」ほど哀しい「思いがけない出会い」はない。
 映画では前半から中盤、今西警部の地方への出張仕事が綴られる。夏の事件発生なので、真夏の秋田、亀嵩、鳥羽などの風景が描かれる。
 今、見ると日本にはこういう夏があったなあ、とノスタルジーにかられるが、その捜査行は親子の最後の旅(冬から春にかけて)とダブルイメージになってくる。その対比など実に鮮やかだ。
 この壮大な謎解きの仕掛けは、脚本家橋本忍の一世一代の賭けだったという。
 複雑な構成をもつ清張さんの原作をどう解体するか悩んでいた橋本忍は自分が大好きな人形浄瑠璃を思い出し、その趣向を生かそうと考えた。このことは、後年、NHKの橋本忍をテーマにしたドキュメンタリー番組で彼自らの口で明かされることになった。
 人形浄瑠璃は人形芝居、語り、歌(三味線)を三部とするが、ここでは丹波の捜査報告が語りになり、加藤剛の演奏が歌になり、無言で展開する親子の旅の風景が人形芝居になるという見立てだ。
 日本の芸能は浄瑠璃も能も、運命や宿命に出会った人たちに、なぜそうなったかを語る、あるいは見せるというのがモチーフだから、病気を苦にした運命劇は、まさに盲目という宿痾をテーマに夫婦愛を描いた人形浄瑠璃の傑作『壷坂霊験記』を思わせるものがある。
 橋本忍はこのラスト40分について、彼が大好きな競輪にたとえて「マクリ」をやったと告白している。マクリというのは最後尾についている選手が大外で強襲して、一気に一団を抜き去る大技のこと。そのマクリの凄さは英国人の心にも響いたということだ。
 最後に個人的な感想だが、この『組曲宿命』に関しては、1995年に録音、発売された『砂の器サウンドトラックよりピアノと管弦楽のための組曲「宿命」』の方がいいと思う。こちらは熊谷弘指揮の東京交響楽団で、ピアノを作曲の菅野光亮自身が担当している(菅野さん自身が44歳の若さで亡くなられたのは痛恨)。西本指揮の今回の盤は滑らかできれいな演奏なのだが、「宿命」がもつ荒々しさ、切なさが不足している(ピアノ:外山啓介)。1995年のCDは今も入手可能。ぜひ、そちらも聞いて欲しい。