新入会員紹介

入会のご挨拶

下村敦史

 初めまして。このたび日本推理作家協会に入会させていただきました下村敦史です。二〇一四年、第六〇回という江戸川乱歩賞の還暦で賞をいただき、デビューすることとなりました。人生とはどこで何がどうなるか分からないものだなあ、と感慨を抱いています。
 十代のころに読んだ漫画の中に、印象深い言葉がありました。中国古来の教えだそうです。なにぶん十数年も昔のことなのでうろ覚えですが……「目標に向かって真っすぐ努力していれば、天は必要な時に必要な師と出会わせてくれる」というような内容でした。
 僕が小説を書きはじめたのは二十一、二歳のころです。中学時代からの友人が小説を書いていることを僕に告白し、「お前も書いてみないか」と強引に勧めたのです。断る僕に対し、彼は小説の書き方を一年に渡って真横で実演してくれました。作文が苦手だった僕が小説を書こうと決心したのは、その友人のおかげです。
 その後、小説を通じて知り合ったある女性は、付き合いがあった約三年間、僕を厳しく鍛えてくれました。彼女と出会っていなければ、乱歩賞に通じる作品を作ることはできなかったかもしれません。
 乱歩賞に応募しはじめ、最終候補で何度も落選したときは、正直、諦めの気持ちも芽生えました。しかし、当時、本選考会後に当落の連絡をくださった編集者の方の力強い励ましが勇気になり、挑戦し続けることができました。
 他にも大勢の人々との出会いが前進する原動力となりました。
 僕の人生の中でもし一人でも欠けていたら――少しでも出会う相手や時期が違ったら、今年の受賞はなかったと思います。記念すべき第六〇回に江戸川乱歩賞という偉大な賞をいただけたことも含め、何か運命的なものを感じています。
 先日の授賞式はあまりの大舞台に緊張しすぎ、準備していたスピーチも半分以上頭から飛んでしまいました。何をどう話したかすら記憶にほとんど残っていないありさまです。しかし、お会いした先生方からいただいた貴重な叱咤激励はしっかりと胸に刻まれています。よりいっそう身を引き締め、目の前の一作一作に全力を注いでいこうと思います。
 受賞作『闇に香る嘘』では、大勢の方々から思わぬ高評価をいただき、喜びより危機感のほうが強まっている今日この頃です。
 僕は江戸川乱歩賞に応募しただけでも九回を数えます。そして五度目の最終候補で賞を射止めました。
 毎回、自分の向上させたい部分を意識し、テーマを持って創作に取り組んできたので、一作ごとに一段一段、階段を上ることができました。しかし今年だけは、階段を上ったのではなく、ジャンプしてしまったのではないか、という不安を感じています。階段なら、上りさえすればちゃんとその場に留まることができますが、ジャンプしたら、一時的には高い場所に到達しても、すぐ元の位置に落ちてしまいます。受賞作を『奇跡の一作』にしてしまわないよう、精進して良い小説を書き続けていかねばなりません。
 授賞式では多くの編集者の方から声をかけていただきました。しかし、受賞後第一作、第二作、と出版して受賞作と落差があれば、期待は失望に変わります。ですから、とにもかくにも、次の一作に集中しなければいけません。作品の質を上げるためには何が必要なのか。常に考えながら書いていこうと思います。
 ――と、文章を綴っているわけですが、なまじテーマが自由だと、改まった挨拶文はなかなか難しく、うまい言葉も思いつかないまま時だけが過ぎていきました。僕には、黙々と小説を書いているほうが性に合っているのかもしれません。僕はデビューしてから間もありませんが、その短い間にいただいた執筆依頼は常に早めにこなしてきました。締め切りを破らないことを心掛けていたのですが、まさかまさか、日本推理作家協会会報向けの大事なこの挨拶文で締め切りをオーバーしてしまうという愚挙を犯してしまうとは……! 大変ご迷惑をおかけし、申しわけなく思います。この場を借り、謹んでお詫び申し上げます。
 より良い小説を書けるよう、日々努力し続けていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。