推理小説・二〇一五年

香山二三郎

 二〇一五年の小説出版で最大の話題といえば、人気芸人・又吉直樹の中編『火花』の芥川賞受賞とその後の大ブレイクだろう。一二月までの販売部数は二四〇万部、歴代の芥川賞受賞作の最高記録となった。書籍の販売部数が前年比二・八%減(出版科学研究所発表)と、出版界は依然厳しい状況にあるが、『火花』のヒットはミリオンセラーを生み出す可能性が残されていることを示している。人気作に偏って売れる本と売れない本との間に格差が生じるのは問題としても、ミステリー関係者はチャンスを逃すな!
 そのチャンスはニューフェイスにもありということで、一五年の新人作品から振り返っていこう。第六一回江戸川乱歩賞受賞作、呉勝浩『道徳の時間』(講談社)は過去の学園内殺人に現在の奇妙なイタズラ事件の謎を絡めたサスペンス。第二二回日本ホラー小説大賞は澤村伊智の怪物ホラー『ぼぎわんが、来る』(KADOKAWA)が大賞、名梁和泉『二階の王』(KADOKAWA)が優秀賞、織守きょうや『記憶屋』(KADOKAWA)が読者賞に選ばれた。第五一回メフィスト賞の井上真偽『恋と禁忌の述語論理(ルビ:プレディケット』(講談社)は天才数理論理学者の美女が名探偵たちの解決した事件を再検証する本格ミステリー。第一八回日本ミステリー文学大賞新人賞の直原冬明『十二月八日の幻影』(光文社)は真珠湾攻撃の機密情報をめぐる諜報もの。第一三回『このミステリーがすごい!』大賞は小学校のスクールカーストの闇をうがった降田天『女王はかえらない』(宝島社)が大賞、辻堂ゆめ『いなくなった私へ』(宝島社)と神家正成『深山の桜』(宝島社)が優秀賞を受賞。第七回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞は天才ウイルス学者の未曾有の復讐劇を描いた神谷一心『たとえ、世界に背いても』(講談社)が受賞、金澤マリコ『ベンヤミン院長の古文書』(原書房)が優秀作に選ばれた。第五回アガサ・クリスティー賞は首輪型嘘発見器の装着が義務づけられた近未来の社会派サスペンス、清水杜氏彦『うそつき、うそつき』(早川書房)に輝いた。清水は短編「電話で、その日の服装等を言い当てる女について」で第三七回小説推理新人賞も受賞している。短編の新人賞では他に、第一二回ミステリーズ!新人賞を伊吹亜門「監獄舎の殺人」が受賞。榊林銘「十五秒」が佳作に選ばれている。
 新人以外の文学賞では、台湾を主要舞台に描いた青春ミステリータッチの東山彰良『流』(講談社)が第一五三回直木賞を受賞。第四九回吉川英治文学賞は池波正太郎の人気シリーズの衣鉢を継いだ逢坂剛『平蔵狩り』(文藝春秋)が受賞、同新人賞は親子三代で営む江戸の和菓子屋を舞台にした西條奈加の人情ミステリー『まるまるの毬』(講談社)に輝いた。第六八回日本推理作家協会賞は、月村了衛『土漠の花』(幻冬舎)と早見和真『イノセント・デイズ』(新潮社)が長編及び連作短編集部門、喜国雅彦『本棚探偵最後の挨拶』(双葉社)と霜月蒼『アガサ・クリスティー完全攻略』(講談社)が評論その他の部門に選ばれた。第一九回日本ミステリー文学大賞は北村薫が受賞。第一七回大藪春彦賞は青山文平『鬼はもとより』(徳間書店)、月村了衛『コルトM1851 残月』(講談社)の二作に。第一五回本格ミステリ大賞は小説部門が麻耶雄嵩『さよなら神様』(文藝春秋)に、評論・研究部門が霜月蒼『アガサ・クリスティー完全攻略』に贈られた。
 続いて一五年の注目作。本格ミステリーからいくと、鳥飼否宇『死と砂時計』(東京創元社)は各国から死刑囚が集められた某国の最終監獄で起きる奇怪な事件の顛末を描いた連作集。早坂吝のエロミス第二弾『虹の歯ブラシ 上木らいち発散』(講談社)は援助交際で稼ぐ女子高生が探偵役を務める連作集。村崎友『夕暮れ密室』(KADOKAWA)は高校で起きた密室殺人事件の謎を追う学園ミステリー。北村薫『太宰治の辞書』(新潮社)は編集者の「私」が文豪の創作の謎に迫る一七年ぶりのシリーズ最新作。織守きょうや『黒野葉月は鳥籠で眠らない』(講談社)は弁護士が数々の事件に直面する連作リーガルミステリー。久住四季『星読島に星は流れた』(東京創元社)はアメリカ・ボストンの沖合の島で隕石目当てに集まった人々の間でやがて殺人が……。麻耶雄嵩『あぶない叔父さん』(新潮社)は架空の町で連続する殺人事件に男子高校生と何でも屋の叔父さんが挑む連作集。深水黎一郎『ミステリー・アリーナ』(原書房)は犯罪事件の推理を競う年末の人気番組にミステリーマニアが集う。実験的な多重解決に挑んだ問題作だ。米澤穂信『王とサーカス』(東京創元社)はネパールのカトマンズに取材に訪れた女性ライターが王族の殺害事件に巻き込まれる、長編『さよなら妖精』の一〇年後の姉妹編。深木章子『ミネルヴァの報復』(原書房)は女性弁護士が依頼された離婚案件がやがて連続殺人事件に発展する。
 深緑野分『戦場のコックたち』(東京創元社)は第二次世界大戦時にヨーロッパで戦うアメリカの若き料理兵が“日常の謎”に直面する。井上真偽『その可能性はすでに考えた』(講談社)はカルト教団の集団自殺で生き残った少女をめぐる謎に、奇蹟の存在証明を生涯の目的とする名探偵が挑む。島田荘司『新しい十五匹のネズミのフライ ジョン・H・ワトソンの冒険』(新潮社)はコカイン中毒のシャーロック・ホームズに代わってワトソン博士が脱獄した「赤毛連盟」の犯人たちに挑むパロディ長編。同じくエラリー・クイーンの悲劇四部作に挑んだ連作集が倉知淳『片桐大三郎とXYZの悲劇』(文藝春秋)。秋吉理香子『聖母』(双葉社)は東京の郊外で猟奇的な幼児殺人が発生、捜査が進まぬ中、幼い子供を抱えた母親が次第に暴走を始める。大山誠一郎『赤い博物館』(文藝春秋)は捜査一課から犯罪博物館に左遷された若手刑事がキャリアの美人館長と事件の謎に挑む連作集。白井智之『東京結合人間』(KADOKAWA)の背景は男女が結合して生殖する世界。そこでは稀に嘘をつけない人々が誕生するが、そのオネストマンたちが孤島に漂着して連続殺人事件の渦中に。有栖川有栖『鍵の掛かった男』(幻冬舎)は作家・有栖川有栖&犯罪社会学者・火村英生シリーズの九年ぶりの長編。有栖は知り合いの女性作家の依頼で彼女の定宿で起きた長期滞在者の変死事件を調査することになる。
 冒険・ハードボイルドものもベテラン、新鋭を中心に佳作が揃った。馳星周『雪炎』(集英社)は原発のある北海道の架空の町で市長選が繰り広げられる社会派ハードボイルド。高田大介『図書館の魔女 烏の伝言』(講談社)は地球的な異世界を舞台にした逃亡活劇。波乱万丈のシリーズ第二作だ。須賀しのぶ『革命前夜』(文藝春秋)は冷戦下の東ドイツに留学した日本人ピアニストが歴史の奔流に巻き込まれる。伊兼源太郎『外道たちの餞別』(KADOKAWA)は恋人を殺された青年たちがやくざへの復讐のため悪の道へ入りのし上がる。結城充考『狼のようなイルマ』は警視庁捜査一課の女刑事がIT企業経営者の連続変死事件をめぐって闘うアクションもの。藤田宜永『血の弔旗』(講談社)は一九六〇年代半ば、ひとりの青年が仲間とともに金融業者から一一億円を強奪するが、十数年後、彼らの身辺で異変が。同じクライムノベルでも、新野剛志『キングダム』(幻冬舎)は現代の半グレ集団の興亡をとらえた長編。深町秋生『猫に知られるなかれ』(角川春樹事務所)は第二次世界大戦後の占領下の日本を舞台にしたスパイ・アクション。柚月裕子『孤狼の血』(KADOKAWA)は一九八〇年代の広島を舞台にやくざと警察の闘いを描いた柚月版『仁義なき戦い』。月村了衛『影の中の影』(新潮社)は日本に潜伏するウイグルの亡命者グループの抹殺に中国の暗殺部隊が送られてくる。迎え撃つのは伝説のエージェント「カーガー」だ! 佐々木譲『犬の掟』(新潮社)はハードボイルド・タッチの捜査小説。東京の湾岸地区で暴力団幹部が射殺されるが、過去にも複数の事件が関連しており、警察関係者の関与が疑われていた。逢坂剛『墓標なき街』(集英社)は映像化で人気を新たにした“公安シリーズ”(“百舌シリーズ”ともいう)の一三年ぶりの最新作。商社の不正な武器輸出疑惑に絡んで再び殺し屋・百舌の悪夢が再燃する。
 サスペンス系では、まず道尾秀介『透明カメレオン』(KADOKAWA)は特別な声を持つラジオのパーソナリティが若い美女と出会い、彼女の計画に巻き込まれていく。柳広司『ラスト・ワルツ』(KADOKAWA)は第二次世界大戦時の日本のスパイ組織「D機関」の諜報戦を描いた連作シリーズ第四弾。井上夢人『the SIX ザ・シックス』(集英社)は超能力をそなえた子供たちの苦悩をとらえた連作集。黒川博行『勁草』(徳間書店)はオレオレ詐欺を題材にした犯罪小説。藤井太洋『ビッグデータ・コネクト』(文藝春秋)はITエンジニア誘拐事件にサイバー犯罪の捜査官と強面のハッカーが挑む。中村文則『あなたが消えた夜に』(毎日新聞出版)は男女の刑事コンビが連続通り魔事件を追う著者初の警察小説。薬丸岳『アノニマス・コール』(KADOKAWA)は娘を連れさられた元刑事が奪還に奔走する誘拐もの。薬丸は息子が同級生を殺害し動機を黙秘するという十八番の少年犯罪もの『Aではない君と』(講談社)でも気を吐いた。辻村深月『朝が来る』(文藝春秋)は不妊治療や特別養子縁組を題材にした家族サスペンス。梶永正史『警視庁捜査二課・郷間彩香 ガバナンスの死角』(宝島社)は大手商社の贈収賄事件をめぐる捜査を描いたシリーズ第二作。下村敦史『生還者』(講談社)はヒマラヤで遭難した兄の死の真相を弟が追う山岳ミステリー。松岡圭祐『水鏡推理』(講談社)は研究費の不正使用を暴く文科省のヒラ女性事務官シリーズ第一作。川瀬七緒『メビウスの守護者 法医昆虫学捜査官』(講談社)は西多摩の山間で発見された男のバラバラ死体の謎を警視庁捜査一課の刑事と女性法医昆虫学捜査官が追うシリーズ第四弾。台風に直撃された日本の国際空港でテロリスト探しが始まる恩田陸『消滅VANISHING POINT』(中央公論新社)は近未来SF趣向が光る。福澤徹三『白日の鴉』(光文社)は製薬会社のMR(営業職)が痴漢で逮捕された事件から陰謀が浮かび上がってくる迫真の冤罪もの。芦沢央『いつかの人質』(KADOKAWA)は幼時に連れ去りにあった盲目の少女が再び拉致される誘拐ものだ。
 アンソロジーはまず集英社の『冒険の森へ 傑作小説大全』(全二〇巻)。志水辰夫『行きずりの街』他を収めた第一六巻『過去の囁き』と北方謙三『檻』他を収めた第一一巻『復活する男』の二冊を皮切りに毎月一冊ペースの刊行となる。冒険・ハードボイルドの傑作を中心にしたラインナップだが、ファンならずともお奨めしたいシリーズだ。他にも連城三紀彦他『「このミス」が選ぶ!オールタイム・ベスト短編ミステリー 赤』大坪砂男他『「このミス」が選ぶ!オールタイム・ベスト短編ミステリー 黒』(宝島社)、西村京太郎他『金沢にてー日本推理作家協会賞受賞作家 傑作短編集1』高橋克彦他『雪国にて 北海道・東北編ー日本推理作家協会賞受賞作家 傑作短編集2』(双葉社)とシリーズが揃っている。『最後の花束: 乃南アサ短編傑作選 』(新潮社)は作家個人のシリーズ。新作ものはまず怪獣小説。有栖川有栖他『怪獣文藝の逆襲』(KADOKAWA)、村井さだゆき他『日本怪獣侵略伝~ご当地怪獣異聞集~』(洋泉社)、山本弘他『多々良島ふたたび:ウルトラ怪獣アンソロジー』(早川書房)と多士済済。他には『ザ・ベストミステリーズ2015(推理小説年鑑)』『ベスト本格ミステリ2015』(講談社)、ミステリー文学資料館編『古書ミステリー倶楽部Ⅲ』『さよならブルートレイン:寝台列車ミステリー傑作選』(光文社)、日本推理作家協会編『Junction 運命の分岐点 ミステリー傑作選』『Question 謎解きの最高峰 ミステリー傑作選』(講談社)、『暗闇を見よ: 日本ベストミステリー選集』(光文社)、大沢在昌他『激動東京五輪1964』(講談社)、中山七里他『このミステリーがすごい! 三つの迷宮』(宝島社)、安東能明他『地を這う捜査 「読楽」警察アンソロジー』(徳間書店)等がある。懐かしの作家では『千代有三探偵小説選Ⅰ、Ⅱ』『藤雪夫探偵小説選Ⅰ、Ⅱ』『竹村直伸探偵小説選Ⅰ、Ⅱ』『藤井礼子探偵小説選』(論創社)が前年に引き続き刊行されている。
 エッセイ集は夢枕獏『秘伝「書く」技術』(集英社)、大沢在昌『鮫言』(集英社)、貴志祐介『エンタテインメントの作り方』(KADOKAWA)、『殊能将之読書日記 2000―2009 The Reading Diary of Mercy Snow』(講談社)、赤川次郎『三毛猫ホームズの遠眼鏡』(岩波書店)等がある。研究書では、一五年は江戸川乱歩没後五〇年に当たり、一四年末から『映画秘宝EX 江戸川乱歩映像読本』や野村宏平『乱歩ワールド大全』が出たほか、雑誌「ユリイカ」も八月号で「江戸川乱歩―没後五〇年特集」を組んだ。乱歩と並ぶ巨匠・松本清張の関連書も綾目広治『松本清張ーー戦後社会・世界・天皇制』(御茶の水書房)、牧俊太郎『松本清張「明治」の発掘ーその推理と史眼』(風詠社)、西村雄一郎『清張映画にかけた男たちーー「張込み」から「砂の器」へ』(新潮社)等複数出ている。他には、権田萬治の集大成的な『謎と恐怖の楽園でーーミステリー批評55年』(光文社)、紀田順一郎の回想録『幻島はるかなり 推理・幻想文学の七十年』(松籟社)、新保博久の編集者インタビュー集『ミステリ編集道』(本の雑誌社)、北上次郎『勝手に!文庫解説』(集英社)、小松史生子『探偵小説のペルソナーー奇想と異常心理の言語態』(双文社出版)等がある。ブックガイドでは、一田和樹他『サイバーミステリ宣言!』(KADOKAWA)、大矢博子『読みだしたら止まらない!女子ミステリーマストリード100』(日本経済新聞出版社)、本の雑誌編集部編『この作家この10冊』(本の雑誌社)等が出ている。
 最後におくやみ。一月に陳舜臣が、二月に高橋泰邦が、四月に白川道と船戸与一が、一〇月に佐木隆三が、そして一二月には小鷹信光が逝去した。陳舜臣は一九二四年兵庫県生まれ。貿易商の傍ら六一年『枯草の根』で第七回江戸川乱歩賞を受賞。六九年『青玉獅子香炉』で第六〇回直木賞を、七〇年『玉嶺よふたたび』『孔雀の道』で第二三回日本推理作家協会賞を受賞。以後大佛次郎賞や吉川英治文学賞等を受賞するなど中国関連作品の第一人者として長きに活躍した。高橋泰邦は一九二五年東京生まれ。五九年に作家デビュー後、『衝突針路』等海洋ミステリーを手掛けるほか、C・S・フォレスターの「海の男/ホーンブロワー」シリーズ等の翻訳でも広くその名を知られた。白川道は一九四五年中国北京生まれ。九四年、自伝的長編『流星たちの宴』でデビュー後は『海は涸いていた』等ハードボイルド小説やギャンブル小説で活躍した。船戸与一は一九四四年山口県生まれ。七九年『非合法員』でデビュー。八五年『山猫の夏』で第六回吉川英治文学新人賞を受賞。八九年『伝説なき地』で第四二回日本推理作家協会賞を、九一年『砂のクロニクル』で第五回山本周五郎賞を、二〇〇〇年『虹の谷の五月』で第一二三回直木賞を、一四年には第一八回日本ミステリー文学大賞を受賞。世界の辺境を舞台に民族闘争を軸にした冒険小説に独自の世界を切り開いた。佐木隆三は一九三七年朝鮮生まれ。高校卒業後創作を始め、六三年『ジャンケンポン協定』で第三回新日本文学賞を、七六年『復讐するは我にあり』で第七四回直木賞を受賞。犯罪事件に材を取った小説、ノンフィクションで活躍した。小鷹信光は一九三六年岐阜県生まれ。六〇年代前半からミステリー評論やエッセイ、翻訳を執筆。七九年『探偵物語』で作家デビュー。〇七年『私のハードボイルドーー固茹で玉子の戦後史』で第六〇回日本推理作家協会賞評論その他の部門を受賞。ハードボイルド研究のみならずアメリカ文化全般にわたる紹介者としても活躍した。