日々是映画日和

日々是映画日和(82)
――ミステリ映画時評

三橋曉

 仕事の合間を縫うようにして、今年も行ってきました、大阪アジアン映画祭。可愛らしくも逞しい女たちが寂れた漁村を舞台に恋の鞘当てを繰り広げる『豚のような女』が堂々のグランプリだったけど、個人的には『ないでしょ、永遠』、『眠らない』のフィリピン勢や、『荒らし』、『香港はもう明日』といった香港発の新しい才能にも痺れた。しかし収穫はなんといっても『私たちが飛べる日』で、同窓会への出席をきっかけに、ヒロインのミリアム・ヨンが高校時代の思い出を反芻しながら時間を遡っていく。瑞々しい青春映画だが、やがてミステリ映画の構造が鮮明になっていく感動をたっぷり味わった。早いとこ日本でも配給・公開が決まるといいのだけど。

 さて、青春ものをはじめとして、邦画界ではコミックの映画化が花盛りだが、『僕だけがいない街』も〈ヤングエース〉連載のコミックが原作である。今年一月にはTVアニメがスタートし、そこに映画が加わり、足かけ六年にわたる連載が最終回を迎えるこの三月には三つ巴の様相を呈した話題作だ。リバイバルという謎の時間遡行現象に見舞われ、過去へのタイムリープを繰り返しながら、連続誘拐殺人犯に迫っていく売れない漫画家役を、藤原竜也が演じている。
 全体が駆け足に映ってしまうのは、二時間程度の枠内では致し方のないところで、むしろ入り組んだ展開を手際よく整理しているし、犯人の手がかりを視覚的に見せるなどの映像ならでは作りを評価したい。出演者では、母親役の石田ゆり子、バイト仲間の有村架純、虐待を繰り返す鬼母に安藤玉恵と、女優陣の充実が目立つ中、「あさが来た」や「わたしを離さないで」などのTVドラマでおなじみ、幼気な少女を演じる恐るべき十一歳、鈴木梨央の存在感に目を奪われる。原作とは異なる結末だそうだが、過去と現在の繋がりに瑕があるのは残念。監督は『ツナグ』の平川雄一朗。(★★)

 『スピード』や『マトリックス』など出演作に恵まれながら、それがステップボードになりきれないもどかしさが付きまとうキアヌ・リーヴスだが、『砂上の法廷』では腕利きの弁護士役を演じている。彼に舞い込んできた仕事は、大立て者だった父親に手を掛けた疑いのあるガブリエル・バッソの弁護だった。被害者の妻で容疑者の母親レニー・ゼルウィガーのたっての頼みで法廷に立つが、しかしなぜか被告は貝のように口を閉ざしてしまう。すべてが彼の有罪を指し示し、弁護士に打つ手はなくなるが、やがて裁判の行方に大きな転機が訪れる。
 監督は、女性監督のコートニー・ハント。長編デビュー作の『フローズン・リバー』は、ニューヨーク最北端のカナダとの国境地帯を舞台に、白人と先住民族の二人の女が貧しさから不法入国のビジネスに手を染めるというシリアスな犯罪映画だったが、一転本作ではトリッキーなミステリ劇を構築してみせる。フラッシュバックのシーンとして繰り返される事件の瞬間は、視点の主観を交えることなく、客観描写に拘ったというだけあって、フェアプレイに徹した構成が好感度高し。結審後の含みを持たせた幕引きも、深い余韻を残す。(★★★)

 陽光につつまれた田園風景の中を黄色いバスが行く。オランダから届いたディーデリク・エリンゲ監督の『孤独のススメ』は、そんな牧歌的なシーンから始まる。村のバス停から自分の家へと向かうトン・カスは、ひとり暮らしの独身男だ。壁に飾られた妻と子どもの写真に見守られながら送る日々は規則正しく健康的だが、ちょっと寂しくもある。ある日のこと、村に迷い込んだ髭面の男に仕事と施しを与えたところ、ちゃっかり居着いてしまった。男には知的障害があったが、同じ屋根の下に暮らしはじめると、なぜか心が安らぐ。しかし、彼らの奇妙な関係に、村人たちは白い眼を向け始める。
 小さなコミュニティをめぐる騒動が、がらりと一変するのは終盤間近だ。周囲から同性愛者と揶揄され、なぜかドラッグクイーンが出演する町のクラブへと足を向ける主人公。一方髭面の男も、その過去が明かになっていく。巧妙なミスリードと鮮やかな伏線回収の後に明かされる真実は、まさに画竜点睛。ミステリ映画であったことに意表を突かれ、喝采を叫びたくなること間違いなしの快作だ。(★★★★)

 やつれ果てた様子のマシュー・マコノヒーが空港に自家用車を乗り捨て、戻るつもりのない旅に出るところから物語は始まる。降り立った先は日本。新幹線に乗った彼は、山梨県の青木ヶ原をめざす。ガス・ヴァン・サント監督の『追憶の森』は、この富士山麓に広がる自殺の名所が主な舞台となる。原題は、ずばり〝The Sea of Trees〟(樹海)である。
 深い森の奥深くへと踏み込んでいく主人公の目的を、観客が察するのは容易だろう。しかし岩に腰を下ろし、ポケットの錠剤を水で飲み下した瞬間、よろよろと彷徨い歩く渡辺謙の姿が視界に入る。自殺志願を翻し、出口を必死に捜す彼にほだされるように、主人公は男に手を貸すが。妻のナオミ・ワッツとの過去がカットバックで語られ、樹海を目指した主人公の動機もその中で明らかにされていく。ちりばめられた伏線に、はたと膝を打つ展開もあるが、富士の樹海を神秘的な場所ととらえる価値観には、日本人として違和感もある。ミステリというよりはファンタジーと呼んだ方がしっくりくるように思えるのも、それゆえだろう。*四月二十九日公開(★★★)

※★は四つが満点。公開予定日の付記ない作品は、公開済みです。