夏樹静子さんの思い出
夏樹さんの余りに早過ぎる突然の死に私は大きな衝撃を受けた。
昨年刊行した評論集のことで電話を頂いた時の元気な声が思い出されて今もって信じられない気持ちである。
夏樹さんとは夏樹しのぶ名義で「宝石」などに短編を発表していたころからの知り合いだが、八二年に『作品集』(全十巻)の全巻解説を担当したことや、佐野洋さんや森村誠一さんとともに十年間横溝正史賞の選考委員を務めたこともあって、親しくなった。
この十年くらいは、担当編集者の会である『風の会』に入れてもらって、みんなと一緒に修善寺や山中湖、グアムに旅行したり、年に一度は食事会でお会いしていた。記者クラブで碁を教えて頂いたことも、今では楽しい思い出である。
夏樹さんは乱歩賞の次席となった夏樹静子名義の処女長編『天使が消えていく』で注目を集め、二年後の第二作の『蒸発』で推理作家協会賞を受賞して人気作家になった。
謎解きや意外性などミステリーの面白さと女性心理を重視した本格推理の作風に加えて七〇年代の後半あたりからほど良い社会性のある『遙かな坂』など個性的な作品群で女流作家としての地位を確立した。その意味で、現在活躍している宮部みゆき、桐野夏生、高村薫などの女流実力派作家のいわば先駆的存在であったと思う。
また、国内の活躍ばかりでなく、本格派の世界的巨匠であるエラリー・クイーンと親しく、海外の推理作家会議にも一緒に出席するなど、国際的にも知られ、欧米でも作品が評価されて、八九年には『第三の女』で、フランスの冒険小説大賞を日本人として初めて受賞している。この賞はレンデル、ラヴゼイ、コーンウエルなど世界的に有名な英米の人気作家が受賞している賞である。
映画化され話題を呼んだ『Wの悲劇』や『訃報は午後二時に届く』など優れた作品が多いが、八〇年代には、医学ミステリーの『風の扉』、珍しい中国の情報機関を取り上げたスパイ・スリラー『碧の墓碑銘』などに挑戦している。また、九〇年代に入ると、アルツハイマー病など今日問題になっている認知症の問題をテーマとする『白愁のとき』などミステリー以外に守備範囲を広げたが、最近では『量刑』などリーガル・サスペンスの分野にも意欲を燃やしておられた。ミステリー文学大賞を受賞された後も、とてもお元気だったので、突然の死は返す返すも残念である。
横溝正史賞を受賞した作家の五十嵐均さんはお兄さんで、その均さんと私は高校の同窓生だったこともあって、余り遠慮のないお付き合いになったのだと思う。東京に居られる娘さんのお住まいが方角的にわが家の延長線上にあるため、会合の帰りなどは時々夏樹さんの車に便乗させて頂いたりもした。
麻雀の相手をして頂いた佐野洋さん、よきライバルだった小鷹信光さんに続いて、夏樹静子さんが突然遠い世界に旅立ってしまった。本当に寂しいことである。