健さんのミステリアスイベント体験記 第58回
他人の不幸が優雅な楽しみ。『エドワード・ゴーリーの優雅な秘密』展はミステリファンなら見逃せない
(これからの開催)
2016年9月8日~10月23日 下関市立美術館
ミステリ研究家 松坂健
Aはエイミー、かいだんおちた。Bはベイジル、くまにやられた。Cは・・・・。
という具合にAからZまでの頭文字の子供たちが、どんどん不幸な目に合う絵本が『ギャッシュリークラムの子供たち』。ご存じエドワード・ゴーリーの代表作だ。
エドワード・ゴーリーの絵画たち。ハッピーでもかわいくもない、むしろ不気味な絵柄が特徴だが、河出書房が粘り強く翻訳を出し続けてきたこともあって、いまやマイナーカルチャーの域を脱しつつあるようだ。
そんなゴーリーの原画や原書など250点近く集め展示する試みが全国を巡回中だ。
ゴーリーの没後、エドワード・ゴーリー公益信託とブランディ―ワイン美術館が作品・資料を整理し、アメリカ本国はもちろん、世界各国を巡らせているものが、日本にやってきた次第だ。
日本では一回目が2016年4月2日~5月15日、伊丹市立美術館にて開催された。2回目が福島県立美術館で7月16日~8月28日の開催。つづいて、9月8日~10月23日まで下関市立美術館で行われる予定になっている。
その後の巡回予定はまだ決まっていないようで、東京にいつくるかも定かではないとのことなので、酷暑をものともせず、福島県立美術館まで足を運んだ次第だ。
この美術館は移設された福島大学経済学部キャンパス跡地に1984年建てられたものだが、横に細長い建物の正面からみて左翼にあたり、逆の右翼は県立図書館になっている。背後に福島の山々を配し、自然と融合した素晴らしい美術館だ。
とにかく、各展示場が広く、ゆったりしているのが特徴。
構成としては第一章が「ゴーリーによるゴーリーの世界」で、ゴーリー自身が文章を書き、挿画をほどこしているものをPrimory booksと称するのだが、その原本、原画が最初の作品から並べられている。
第一作の『弦のないハープ またはイアブラス氏小説を書く』から最後の方まで、細密画のタッチは一貫していて、処女作でスタイルを確立し、そのまま突き抜けた人生だったと感じられる。
ゴーリーのモチーフが「不幸」であることは間違いない。
「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はそれぞれに不幸である」と言ったのはロシアの文豪トルストイだし、「人の生まれ方は一種類しかないが、殺し方はいくつもある」と言ったのはドロシー・L・セイヤーズ。つまり、人間は不幸のなりかたにこそバラエティがあり、そこに人生のアイロニーがあるといいたいようだ。
ちなみに、ゴーリーは人の不幸を前提にした文学、ミステリが大好きで、一番好きな作家はクリスティーと公言している。これは、ゴーリーをインタビューした記事のコレクションであるカレン・ウィルキン編『どんどん変に・・・・』に出てくるものだが、同じ出典で「犯罪について書くのはイギリス人の方が上手だ。社会が因襲に縛られていればいるほど、犯罪は興味深いものになるんです。結構な家とたくさんの金を持っていながら恐ろしい行いを重ねている、そんな連中の話を読むのは面白いですよ」とも語っている。
だから、ゴーリーの絵の舞台はどこかヴィクトリア朝か20世紀はじめの英国のお屋敷風なものが多い。事実、ディケンズなどが生きた19世紀中庸の英国では、児童は貴重な労働資源として、こきつかわれたもので、あながち「不幸な子供」は空想の産物ではないということだ。
そして展示の第二章は「イギリスのナンセンス詩や文学とゴーリーの挿絵」。
エドワード・リアのナンセンス誌やT・S・エリオットの『キャッツ』に寄せた挿画などが展示されている。
実は、ゴーリーの仕事のかなりの部分が書物の装幀・挿画で、前述の如く、大のミステリマニアだから、好んで多くの作家の作品のカバーアートを担当してきた。我々、ミステリファンには、それこそゴーリーの真骨頂と思うので、いくつも見たいと思うが、さすがにメインストリームの美術展、この部門の展示はごく初期のウェルズ『宇宙戦争』やディケンズの『荒涼館』くらいしかなく、やや物足りないところだ。
とはいえ、我が国には世界的なゴーリーコレクターの方がいらして、このお方のゴーリー装幀本やポスター、関連グッズの収集が半端ではない。
濱中利信さんといって、ごくごく普通のサラリーマン生活を送られてきた人だが、人間、少しでも目覚めて、その時の初心を忘れずに粘り強く追及していけば、ここまでやれるんだと勇気づけてもらえるお方なのだ。たまたま、筆者が属していた大学のミステリファンサークルの後輩だから、ミステリの知識の裏打ちは万全。そんな彼が個人的に集めた書籍は、2013年、2014年と二回にわたって、銀座のヴァニラ美術館で展覧会として公開されているから、今後も行われる可能性がある。
展示の第三章は「ゴーリーの多様な創作と舞台美術」。彼は無類のバレーファンで、その趣味の流れからミュージカルの台本を書いたり、『ドラキュラ』の芝居の舞台美術を担当したりした。かれは「ブキミカワイイ」イラストレーターだけの人ではないのである。
展覧会の最後の部分にゴーリー関連のTシャツやグッズのコレクションなどがあって、これも楽しい。おそらく、この部分では濱中さんの貢献も大きいのではないだろうか。
ともあれ、濱中コレクションが参加しているだけでも、このゴーリー展の日本巡回は値打ちがあると思う。濱中さんのコレクター人生については、図録の最後に『ゴーリーコレクションの愉しみ』という一文が寄せられている。学生時代にふと知ったゴーリー作品をきっかけに何気なく始めたコレクションが環境の変化(ITだよ!)や同じ趣味をもつ人同士の交流の深さによって、どんどん充実していくさまが、楽しく読める。コレクション談義はえてして自慢話に陥りやすいが、濱中さんは衒いのない爽やかなお方。こういう風に趣味を「生きる」方法もある、ということで、こちらの味読もおすすめしたい。