新入会員紹介

入会のご挨拶

日野草

 はじめまして。このたび日本推理作家協会に入会させていただきました、日野草と申します。ご推薦くださいました村上貴史様、薬丸岳様、入会手続きの際にお力添えをいただきましたK編集者様にこの場を借りて御礼申し上げます。
 推理小説との初めての出会いは小学校高学年の頃でした。当時NHKでイギリスのグラナダテレビ制作の『シャーロック・ホームズ』を観まして、原作を手に取りました。もともと本をよく読む子供でしたが、ホームズシリーズを呼んだときの不思議な感覚は忘れることができません。それまで親が与えてくれた本は、清く正しくもちろん殺人など起こらない児童向けの本ばかり。それに対して初めて自分で選んだ本は、夜の闇の湿り気に溢れていました。ヴィクトリア朝時代のイギリスの華やかだけれども濃い影を含んだ雰囲気、人の命が奪われる恐怖、風変わりな探偵。ミステリというジャンルに初めて触れた私は、これが私の読みたかった世界だと直感いたしました。
 ホームズシリーズをすべて読み終えた私は、図書館のおなじ棚に収められていたアガサ・クリスティに手を出しました。クリスティが描く世界はドイルよりも賑やかで、時代は少しだけ進み、船旅や長期間の列車での旅行も登場し、ノスタルジックでさえありました。そして万華鏡のように登場するトリックと殺害方法。こちらにも夢中になりました。
 それからは続けてモーリス・ルブランを読み、ガストン・ルルー、エラリー・クイーンと読み進め、やがて日本の推理小説の元祖である江戸川乱歩や横溝正史へと進みました。その頃には推理小説がどういうものか理解できるようになり、現代の日本の作家先生方の作品にも数多く触れました。謎を含んで不穏に進む物語世界の、見てはいけないものを盗み見る本能的な快楽に、子供ながらこれはやめられないと感じました。推理小説の始祖であるエドガー・アラン・ポーの作品に触れたのはその頃でしたが、あまりの濃い暗闇に推理小説は徐々に明るくなっているのかもしれないと感じ入ったものです。
 とはいえ推理小説ばかりを読んでいたわけではありません。思い出せるだけでも、ジュール・ベルヌやオスカー・ワイルド、ダニエル・キイス、トム・クランシー、司馬遼太郎など、別ジャンルの作家も外国の作品を中心にたくさん読んでいました。外国文学のほうが多いのは、最初に夢中になった作家が外国の作家だったので、自然と手を伸ばしていたのだと思います。平行してその頃流行り出したライトノベルも読みましたが、こちらのジャンルにもミステリ仕立ての作品は多くありました。こうして思い返してみますと、私は読書に関してはまさしく「雑食」だったようです。
 本が好きな子供の御多分に漏れず、私も自分で物語を書くようになりました。もちろん自分の趣味のための、とりとめのない物語です。しかし書くという行為があまりに楽しく、高校生になる頃には自分は一生「書く」という作業からは逃げられないだろうという予感がいたしました。もしそれが、私にたくさんの喜びを与えてくれた「小説」であれば、これほど幸せなことはありません。そして一生続けるのであれば、できればより多くの人に読まれて腕を上げたい。お金をもらえたらどれほど感激するだろう。そんなふうに思うようになりました。
 それまでノートに書き綴っていた物語を、はっきりと「小説」として書こう。なんとなく小説家になれたらいいな、ではなくて、なる、と決めてみよう。なんとも青臭い気持ちではありましたが、決意表明のつもりで(今は亡き)ワープロを買いました。そうして書き始めた小説が、実際に「お金をもらえる作品」になるまでには、長い時間がかかってしまいました。
 思い返してみますと、昔から私が書く物語はミステリの気配を含んでいたようです。ミステリでしたと言い切れるほどのものではありませんでしたが、謎を作り、それが徐々に明かされ、最後に意外な結末を迎える。そんなパターンばかりでした。最初に本を読む喜びを教えてくれた物語は、読み手が書き手になったとき、作風の基礎になるのでしょう。この基礎の部分を大切にしながら、さらに新しさを含んだミステリに挑戦していけたらと考えております。
 ノートに物語を綴っていた頃、自分が書いた文章が活字になることも、お金がもらえることも、本屋さんに並ぶことも「そうなったらいいなあ」という憧れでした。憧れていたことが現実になるということは、このうえない僥倖だと思います。これからはいっそうの努力を重ね、少しでも物書きとしての寿命を延ばしていくことが目標です。
 今後はどうぞよろしくお願いいたします。