日々是映画日和

日々是映画日和(86)
ミステリ映画事譚

三橋曉

 まずは、宣伝を兼ねたお知らせから。この協会報がお手もとに届く頃には書店に並ぶであろう〈ミステリマガジン〉二〇一六年十一月号の特集は、〝二十一世紀ミステリ映画の未来〟。その中で、滝本誠、柳下毅一郎、真魚八重子、小山正の評論家諸氏に不肖わたくしも加わって、二〇〇一年以降に公開された海外ミステリ映画のベストテンをテーマに座談会を行っています。さて、どんな作品が俎上にのぼりますやら。もしお目にとまりましたら、ご一読いただけると嬉しいです。

 すでに公開済みだが、続編が作られたと聞いて楽しみにしていたのが『グランド・イリュージョン 見破られたトリック』である。大がかりなマジックを使った犯罪で巨悪を懲らしめるフォー・ホースメンの四人組は、いわば義賊集団だ。手口の大胆不敵さではジュフリー・ディーヴァーの傑作『魔術師』を思わせ、カタルシスはコンゲームのそれにも通じる。世間の拍手喝采を浴びた前作の幕切れから一年後、再び四人組が動きだした(ジェシー・アイゼンバーグ、ウディ・ハレルソン、デイヴ・フランコはそのまま。紅一点のみ、リジー・キャプランに交替)。今回彼らのターゲットはITビジネスの巨大企業で、その不正を暴露するためプレゼンテーションを乗っ取ろうと画策する。しかし作戦は失敗、返り討ちにあった一同は一瞬にしてニューヨークからマカオの片隅へと送られてしまう。
 イリュージョンの釣瓶打ちという印象があった正編だが、そのひとつひとつが本格ミステリのルールに則り、はなれわざ的な面白さがあった。脚本のエド・ソロモンはそのまま、ルイ・ルテリエからジョン・M・チュウに監督が交替したこの第二作でも、いきなり太平洋を瞬間移動させるという大技が繰り出される。しかし、そのトリックに、ひねりがなくてがっかり。中には、仕掛けが伏せられたままのマジックもあるし、イリュージョンの映像が手段ではなく目的になっているのも弱いところだろう。意表をつく仕掛けの釣瓶打ちで終始スリル満点だった正編に、遙か及ばない。(★★)

 一九七二年の同題映画をリメイク、チャールズ・ブロンソンから替わったジェイソン・ステイサムが孤独な殺し屋を演じた『メカニック』だが、五年を経てその続編が登場した。前作は、ストーリーなど原典の色合いをまだ強く残していたが、『メカニック:ワールドミッション』は、ハイパーな進化を遂げた続編といっていいだろう。
徹底的にターゲットを予習し、他殺の痕跡を残さない手口など、クールな主人公像を引き継ぎながら、
二十一世紀のリアルな世界をしっかりと背景におさめている。
 メカニックことジェイソン・ステイサムは、密かに殺し屋稼業から足を洗い、隠退生活を送っていた。しかし、彼に恨みを抱く昔の仲間サム・ヘイゼルダインの罠にはまり、心を寄せるジェシカ・アルバを人質に取られる。主人公が強要されるのは三件のミッションだが、最初は伏せられているその繋がりがやがて見えてくる展開が上手い。肉体だけでなく、頭脳をも駆使した作戦ごとの凝りに凝った手口も実に楽しい。主人公のプロフェッショナリズムにも、前作以上に磨きがかかっており、さらなる続編を期待させる出来映えといっていいだろう。(★★★1/2)

 前作『不屈の男 アンブロークン』が的外れなバッシングに遭ったアンジェリーナ・ジョリー・ピットの新たな監督作『白い帽子の女』は、一九七〇年代のフランスの避暑地を舞台にしたミステリアスな物語だ。作家のブラッド・ピットは、美しい妻アンジェリーナ・ジョリーをともない、この海岸沿いの町を訪れた。小説の執筆とバカンスを兼ねた旅と思しいが、アメリカ人夫妻の仲は、どこかぎこちない。やがて静かな佇まいのホテルでパリからやってきたという新婚カップルとの間で、穏やかな交流が始まるが。
 夫婦の間で繰り返される行き違いと小さな衝突。かと思うと、壁に空いた小さな穴から、二人は盃を傾けながら隣室の若いカップルの様子を夜な夜な覗き見る。やがて明らかになる夫婦間に漂う確執の正体は、勘がよければ早い段階で察せられると思うが、最後の一ピースが収まるべき場所に収まる瞬間、ミステリ映画のカタルシスが湧き上がる。『グランド・イリュージョン』や『ミモザの島に消えた母』など幅広く活躍中のメラニー・ロランに加え、ブラピ演じる悩める夫の良き相談相手となるニエル・アレストリュプが、人生の重みを感じさせるカフェの老経営者を好演している。(★★★)

 邦題『リバイバル 妻は二度殺される』の〝リバイバル〟は、今年映画にもなったコミック「僕だけがいない街」のヒットにあやかろうというものだろう。確かに、過去を改変することで現在も変わっていくという作中のルールは、同作と共通する。妻と娘に囲まれた企業弁護士のソン・ヒョンジュの多忙だが幸せに満ちた日々は、ある日突然にピリオドが打たれた。妻が何者かに殺害されたのだ。犯人も動機も不明のまま時が過ぎるが、その一年後、死んだ筈の妻から携帯に電話がかかってくる。
物語のために特異な設定がなされたシチュエーションものとして、パラドックスを巧みに操り、(かなり強引とはいえ)携帯電話をめぐる現象の原因にも言及していて、好感のもてる仕上がりだ。過去と現在が並行し、ひとり娘まで巻き込み、クライマックスにむけての疾走はサスペンスも十分。監督は、新人のキム・ボンジュで脚本も彼自身のもの。※十一月十九日公開予定(★★★)

※★は四つが満点。公開予定日の付記ない作品は、公開済みです。