健さんのミステリアス・イベント探訪記 第61回
乱歩と朔太郎、交流をテーマにした異色の文学展「江戸川乱歩と萩原朔太郎―パノラマ ジオラマ グロテスク」展
前橋文学館 2016年10月1日~12月18日
ミステリ研究家 松坂健
乱歩研究家でもある新保博久さんと愚痴をこぼしあっている。
2016年は乱歩著作の保護期限が切れて、パブリックドメインに入ったため、乱歩自身の著作を含め、模作、パロディ、舞台化など二次作品が山のようにではじめて、全部、追っかけようとすると、いくらお金があっても足りない状況になる。「しっかり選ばないと……」というのが愚痴の内容。
ということで、遠く前橋まで、最終日と言うこともあり、出かけてきました、前橋文学館主催『江戸川乱歩と萩原朔太郎-パノラマ ジオラマ グロテスク』展(2016年10月1日~12月18日)。
前橋文学館は詩人・萩原朔太郎(明治19年前橋生まれ)を顕彰するために作られたもので、市の中心を流れる広瀬川のほとりに立つ4階建ての瀟洒な建物。館長を朔太郎のお孫さん、萩原朔美さんがなさっている。
ということで、乱歩没後50年、ひとかたならぬ友情を感じあっていたと思われる朔太郎=乱歩の交友の足跡をたどる趣旨で今回の催し物が企画されたようだ。
題して「パノラマ ジオラマ グロテスク」、サブタイトルが「変態だっていいじゃない」。なんでも、ここにつとめる学芸員の娘さんが発案したキャッチコピーとのことだが、公共の施設で「グロテスク」だの「変態」などと謳いあげること自体がきわめて異例。さすがに前衛演劇などで鍛え上げた館長さんならではの趣向といえるだろう。
その最終日を飾ったのが、朔太郎のお孫さんである館長と乱歩さんの孫、平井憲太郎さんのマゴマゴ公開対談だった。こちらも表題が「猟奇な二人の病気な話」とくるから、はなはだお役所的でなく、嬉しい限りだ。
対談のはじめの話題提供として、朔太郎研究の第一人者、栗原飛宇馬さんの「手品をめぐる朔太郎と乱歩の交友」についての言及があって、これがなかなか興味深かった。
乱歩と朔太郎の交流は昭和6年に朔太郎がマッサージ屋さんを紹介してもらいたくて、乱歩邸を訪れたところ、妙に気があって、その日のうちに浅草に出かけ、ふたりで木馬館で遊び、新宿まで出かけて「ユーカリ」なるゲイバーまで行ったことが始まり。それ以降、朔太郎が何度も乱歩邸を訪れていたようだ。
そこで交わされた会話の中で、気が合ったもののひとつに手品に関する興味があった。栗原さんは乱歩の蔵から外函に「手品の種」と書かれたものを掘り出し、中身を改めたところ、熊本への旅行の最中に、手品の道具などを買い求めていることを発見、おそらくそれを肴に朔太郎と会話が盛り上がったのではないかと推測する。朔太郎から乱歩に当てた書簡にも再三、彼がマジシャンクラブに入るなど、手品上達の訓練を自ら行っていたことに触れられている。
しかしながら、栗原氏は乱歩の手品道具コレクションが比較的初歩のものが多いことから、乱歩は自分が手品の名人になることよりも、人を「驚かす」ことが主眼ではなかったかと分析する。それに対し、朔太郎は娘の葉子さん相手にカードマジックの要諦であるフォーシング(一般観客に手品師側が取らせたいカードを取らせるように導くテクニックのこと)の練習をするなど、かなりテクニックに磨きをかけていたようだと言うのである。
文学の役割はある意味、思想上の手品を見せることにあるとするなら、乱歩は「驚き」という結果にこだわり、朔太郎は詩というメカニズムのなかで、どう人を惑わせるかを真剣に考えたのではないかと、いうことだ。どちらが高級というわけではなく、作家、芸術家としての資質のちがいが、ここにある。
マゴマゴ対談では、憲太郎さんが小さい頃、作家仲間が集まる酒席などで手品の補助役をさせられたりというエピソードなどを紹介してくれたり、乱歩の稚気愛すべしという面がよく語られていた。
朔美館長は若い頃、寺山修司とともに活躍していただけに、カーニバルやお祭り、遊園地といったモチーフに敏感だ。注目したのは、乱歩=朔太郎の木馬に乗った景色。初めて二人が出会った時、朔太郎45歳、乱歩37歳。中年の男たちが、ぐるぐる回りながら、おそらくは上下動もしたであろうカルーセル(朔太郎は木馬、乱歩自身は自動車と乱歩の回想録にあり)に打ち興じる姿にはなかなかのものがある。館長はチャップリンの言葉を引用しつつ「遊園地ほど孤独を感じさせるものはない」と述べてくれた。これもなかなかの指摘ではないかと思う。
なお、展示には耽美の画風、丸尾末広画伯の『パノラマ島綺譚』の原画展もあり、これも公共の施設としてぎりぎりの冒険をしている。こうしてみると、文学館で行われる展示会そのものも、「文学」になっていないといけないな、と思う。そういう意味で、この展示、対談イベント、青春18切符共同活用で運賃は安かったものの、片道2時間半、往復5時間かけて行った甲斐はあったというもの。
なお、これに先立って、男の「宝塚」のような朗読劇団極上文學の『人間椅子/魔術師』(全労災ホール 11月30日~12月4日)も見てきた。こちらはイケメンの男優たちが扮装し、乱歩の世界を朗読劇として上演するもの。これまでにも谷崎や太宰など日本文学の名作をこの形で上演してきたものだ。途中、楽屋落ちのようなパフォーマンスがあったりするのは、すっかり当世風ながら、役者目当ての女性観客(90%)には大うけ。乱歩作品には案外、こういうレビューが向いているかもしれないが、今回はやや台本が未整理。退屈するところがあったのも事実。
2月には世田谷のシアタートラムで『お勢登場』、3月には好評だったかはず書房『Dの再審』の再演が待っている。乱歩お手製の本『奇譚』の復刻本も出る!どんどん、お金と時間が奪われそうだ。やれやれ。