ゴルフ

弁明

真保 裕一

「おまえは何をやってるんだっ!」
 昼時のクラブハウスに怒声が響き渡った。私は戸惑い、足を止めた。名門として知られる姉ヶ崎カントリー。そのラウンジが一瞬、凍りついた。何が起きたというのか。視線を向けた先に、大沢在昌氏が立っていた。
「今日がどういう日か、わかってるのか。日ごろお世話になっている編集者に楽しんでもらう日だぞ。おいっ」
 私は呆然と立ちつくした。大沢氏は朝の練習からチーピン(左への引っかけ弾道)を連発していた。案の定スタートホールで左の斜面にぶち当てていた。だから機嫌が悪かったのでは決してない。私は氏が今日まで推理作家協会の発展にどれほど尽力してきたかを身近で見てきた。氏ほどミステリーと出版界の未来を考えてきた作家はいないと断言できる。その氏の言葉は重く胸を刺し貫いた。
 実を言うと、私は夏から体調が悪かった。編集者諸氏のご厚情により、ただでさえ少ない仕事量をさらに減らした。おかげでゴルフが再開できるようになった。その日はスタートから四ホール連続でパーを取るという、ありえない絶好調さで、意気揚々とクラブハウスに引き上げてきた。スコアに一喜一憂する子供じみた甘さが私にはあった。
 伝統ある推理作家協会ゴルフコンペ。その目的と真の意義を、大沢氏の一喝により、私は遅まきながら思い知らされた。迂闊で軽薄な己を恥じた。
 見回すと、コンペの幹事を務める楡周平氏も真顔で頷かれていた。某社コンペで氏は八十代の素晴らしいスコアを出した。その手練れの楡氏が悔しがる様子もなく、場を盛り上げるために自分のミスを語ってみせるのだった。この日のために名門コースを押さえてくださった稲葉稔氏も細やかな気配りの笑顔を振りまいておられた。仕事もゴルフも手を抜かずに励む桐野夏生氏と池井戸潤氏もスコアは語らず、仲間との一時を楽しむ大人の態度を崩さなかった。
 私はトイレで泣いた。自分のスコアしか考えず、全力でコースに挑んだ不徳を悔いた。これではいけない。協会員として恥ずかしい。
 敬愛してやまない大沢氏の苦言を胸に刻み、私は後半戦に臨んだ。スタートで9の大叩きをする。だが、同伴競技者の薩田博之氏と塩見篤史氏が希に見る好漢だった。私の一打一打に声援を送り、励ましてくださるのだ。人間のできていない私は乗せられてまたも全力をそそいだ。各社コンペで百を切るどころか、百十の王であった私が九十四の(まあ、大したことはない)スコアを出せたのだった。
 まずい。ハンデがあるので、このぶんだと優勝してしまう。招く側が勝つとは嘆かわしい。もう逃げるしかない。本気で思った。ところが、大沢氏は笑顔と拍手で私を迎えてくださった。その芳情なる人柄に私は泣いた。ゴルフは紳士のスポーツなのだ。
 皆さん、本当にありがとうございました。