健さんのミステリアス・イベント探訪記 第81回
テレビでのやまないリメイク、そして『犬神家』の新派による大型舞台化。衰え知らぬ金田一人気の広がりに驚かされる。新派公演『犬神家の一族』
2018年11月1日~10日大阪松竹座 2018年11月14日~25日新橋演舞場にて
ミステリコンシェルジュ 松坂健
それにしても、いっこう衰えない金田一耕助の人気。この2018年の年末には、何度目になるか『犬神家の一族』がフジテレビ系でオンエアされる。
今回、金田一を演じるのはアイドル系の加藤シゲアキ。また、空中に突き出した二本の足が見られることになるのだろう。
それに先立って、ミステリーチャンネルでは、『8人の金田一耕助』と題して役者8人が演じた金田一ものを連続して放映する企画も進行中だ。
8人とは石坂浩二(映画版)、古谷一行(全27話)片岡鶴太郎(全8話)、小野寺昭(全4話)池松壮亮(全3話)、長谷川勝(獄門島)、鹿賀丈史(悪霊島)、中井貴一(犬神家の一族)。このほかにも片岡千恵蔵、西田敏行、中尾彬、渥美清などがいる。
まあ、当代の人気役者が配役されるというのでは、忠臣蔵の大石内蔵助役みたいなところがある。
いまや、金田一ものは、テレビ局にとって、コロンボと並ぶ探偵ものとしての不滅のコンテンツになったといっていいだろう。乱歩さんの明智小五郎もとてもかなわない、まさに”日本のホームズ”ということだろう。
ところで、話かわって岡山・真備町のこと。この地名は昨年、中国地方を襲った豪雨、一帯が水没したことで、いちやく全国区的に有名になったが、僕たちミステリファンにとっては、ここは金田一耕助の聖地として、つとに知られるところだ。
戦争中、横溝正史が疎開していたのが、この真備町。ここで終戦を迎えた正史は、これから自由にものが書ける! と勇んで満を持して筆を執ったのが『本陣殺人事件』だからだ。この疎開先宅は今もそのままの形で保存されていて、公開されている。
ということで、昨年7月の大豪雨のニュースを聞いて、全国の金田一ファンが心配したのが、この疎開先宅は水没の危機に瀕しているのではないか、ということだった。
幸いにも、少し高台にあったため、この家は無事だったが、正史関係の多くの資料を所有する図書館や役場などが水没して大きな被害を受けてしまった。
倉敷市の観光課は毎年11月23日前後を『1000人の金田一耕助』と題するイベントの日と定めている。これは全国から金田一の扮装をした人が集まるコスプレの大会。思い思いの格好をした男女百人以上が、JR伯備線の清音駅から川辺の脇本陣跡、川田屋(一膳飯屋)、疎開先宅(正史像あり)を経て真備ふるさと歴史館まで行進するというものだ。
しかし、イベントに必要な装飾品などを保管する場所が水没したことなどがあって、2018年の実施は危ぶまれていた。
それを報道で知った有志が「名探偵のふるさと募金」を始めたところ、当初目標額は50万円程度だったのだが、あっという間に780名の応募があり、300万円をこす寄付金が集まってしまったというのだから、金田一耕助人気の迫力は並大抵のものじゃない。
結果、2018年11月24日、記念すべき第十回が執り行われた。
そんな話題がある一方、東京・大阪の大舞台では水谷八重子率いる新派が『犬神家の一族』を本格的に舞台化した。
人情ドラマをもっぱらとする新派も、乱歩の『黒蜥蜴』上演に続いて、金田一ものに挑戦、劇団としても脱皮をはかろうとしていると評価されている。
野心的な演劇集団が正史のものを小劇場で上演する例はなかったわけではないが、波乃久里子、喜多村緑郎、水谷八重子といった大名題を揃えて、新橋演舞場という大箱で金田一ものを乗せるというのは、それなりの「事件だ~」ということなのだ。
金田一を演じるのは男の立役者、喜多村緑郎。石坂浩二系統のぼさぼさ髪、ゆるい袴スタイルの金田一だ。
もっとも、舞台となると、やはりドラマの骨子は、犬神一族の遺産をめぐる内部抗争になる。思いがけず復員してきたはいいが、崩れた顔面をゴムの仮面で隠した佐清の不気味な振る舞いに翻弄される一族の葛藤と一家を支える松子の苦悩ということになると、やはり新派の家庭劇の伝統が生きているということになる。やはり新派のDNAなのだ。
ということだから、金田一先生の影がやや薄くなるのはやむをえまい。
舞台上では松子演じる久里子の存在が圧巻だが、途中カメオ出演的に出てくる琴の師匠、宮川香琴役の八重子が大向こうから声をかけられるのは、新派ならでは。水谷良重の名前で太もも露わ、網タイツの脚線美を誇った青春時代の彼女を知っている世代としては、八重子の名を継いで、よくぞここまで貫禄がついたものと溜息のひとつも出てくるけど。
なお、鎌倉にある川喜多映画記念館でも、9月22日~12月16日にかけて「ミステリー映画大全集 横溝正史vs松本清張」なる企画展も行われていた。こちらでも映画版『犬神家』の上演があったり、金田一グッズの展示、映画製作の裏話をテーマにしたトークセッションなどが行われていた。
この金田一人気の量と質。
まさに日本が生んだフィクションヒーローとして、金田一は圧倒的な存在感を示していると思う。結局、日本のミステリは乱歩、正史、清張の三巨人で出来ているということなのだろう。