新入会員紹介

入会のご挨拶

山本巧次

 このたび、西上心太様と佐藤青南様のご推薦を賜り、日本推理作家協会の末席に加えていただくこととなりました、山本巧次と申します。
 ご推薦いただきましたご両者には、この場をお借りし、改めまして厚く御礼申し上げます。
 一九八三年に中央大学を卒業して大阪の鉄道会社に入り、以来三十七年間、会社員生活を続けてまいりました。この七月初旬、どうにか大きな事件事故もなく、無事定年退職となり、専業としての作家生活に入ることとなりました次第です。
 作家としてデビューしましたのは今から五年前、第一三回「このミステリーがすごい!大賞」で最終選考に残った作品が、隠し玉として出版の機会を頂戴したときです。幸い、勤務先では副業が許可制で、さすがに作家という事例は初めてでしたが、問題なくパスしました。
 以後五年間、会社公認で兼業作家を続け、トップ以下多数の社員が売上に貢献して下さいました。ちょうど働き方改革が俎上に上がっている頃で、時代の後押しを受けたのかもしれません。
 こちらもついその気になって、新作が出版されるときは社内の友人らに発売予告を流し、買ってねアピールを続けておりました。あるとき会社の近所の大型書店で、発売になったばかりの私の本が週間売り上げベストテン入りしたのですが、どうやら買ったのはほぼ全員、うちの社員だったらしく、有難い話ながら苦笑せざるを得ませんでした。
 もともと鉄道が好きで鉄道会社に入りましたが、鉄道会社にも様々な部門がありまして、実際に鉄道に関わる仕事をしたのは、七年半ほどです。その七年半は、確かに仕事が面白かったのですが、趣味として見る鉄道と、「中の人」として見る鉄道には、やはり多くの制約を伴うギャップがあり、それに苛立つこともありました。でも今からすれば、これは作品の糧になる貴重な経験だったと思います。
 一方、頭の中でストーリーを作ることも好きで、学生の頃は、漠然と漫画家や小説家になりたいと思った時期もありました。だからと言って、本格的に投稿などするでもなく、せいぜい友人間で回し読みする部活動のノートに書いていた程度です。漫画などは、多少の絵は描けても墨入れしてスクリーントーンを張って、という手間を考えたらとても無理、到底お金を取れるレベルにはならないと投げ出しました。就職した後、いつの間にか忘れかけていたのですが、五十歳を過ぎて単身赴任することになり、自由になる時間ができました。
 そのぐらいの年になると、会社員生活の終点がどの辺にあるかも見えてきます。そこで、人生の経歴がサラリーマンだけ、というのも面白くないじゃないか、と大それたことを考えてしまったわけです。その頃、広告を出稿していた某雑誌社のウェブページ用にと頼まれて書いたエッセイが、素人にしては直しの必要がない、などと言われて少々舞い上がっていたせいもあるでしょう。
 家内からは笑われましたが、まあとにかくやってみないことには始まらないと、パソコンを叩き始めたのが、二〇一一年の七月でした。いざ書き出してみると、書きたいシーンが幾つも浮かんで来て、それを文字に現すのが楽しくなり、気が付くと夜中過ぎまでパソコンの画面に入り込んでいたことも度々でした。結果、三作目に書いた長編がデビュー作となりました。そのときになって初めて、ろくにルールも知らないまま、ただ書き進めていたことがわかり、冷や汗をかきました。
 鉄道趣味の世界では、専ら「撮り鉄」で、鉄道写真を撮影することを続けておりました。その過程では、もちろん列車に「乗る」わけですから、「乗り鉄」もある程度兼ねておりまして、全国の鉄軌道二万七千キロ余りのうち、九九・九パーセントに乗車済みです。大学の頃は、旧国鉄と大手私鉄の全車両形式を識別できたのですが、現在は形式の多様化と年齢に伴う記憶力の減退で、いちいちスマホで検索しなければなりません。こんなところにも、加齢の影響は出てしまうものですね。
 もっとも、現在では鉄道マニア、いわゆる「鉄チャン」にも高齢者が目立ちます。SLや旧型国電を追いかけていた我々の世代が、ヒマと金ができてからそのまま復活した、という風情です。「カメラ構えてるのは年寄りばっかじゃねーか」とぼやいてから、自分も年寄りだったことに気付く、そんな時代です。
 その鉄道においては、今年度はやはりコロナ禍の影響が深刻で、短期的には赤字決算になる社も出るようです。会社に残った同僚からは、いい時期に退職して、しかも作家は究極のテレワークだから羨ましいなどと言われますが、取材や打合せもままならず、「撮り鉄」も行きづらいとなっては、他人事ではありません。時が経てば終息するはずですが、コロナに負けず、在宅で充分楽しんでいただける作品を、これまでの会社員生活と鉄道員の経験を活かしながら、提供し続けられたら、と考えております。
 どうか今後とも、皆様のご指導ご鞭撻をお願い申し上げます。