日々是映画日和(125)――ミステリ映画時評
注目すべきアジア映画といえば、今や中華圏や韓国、インドの作品だけではない。賑やかな映画文化のお国柄が軒を並べる中で、『もしもあの時』や『影の内側』といったミステリ映画を生んでいるフィリピンもその一つ。そんな同国の映画に親しむきっかけをお探しの方、恰好のガイドブックあります。よしだまさし氏の『熱中!フィリピン映画』がそれで、同国映画の魅力をさまざまな切り口から楽しく紹介している。私家版だが、興味ある方は次のサイトをご覧頂きたい。
http://garakuta.blue.coocan.jp/denei/philippines/necchuu/necchuu.html
さて、『MOTHER マザー』の激烈な母親役も話題の長澤まさみだが、ミステリ映画ファンにとっての彼女は、やはり詐欺師のダー子だろう。劇場用映画としては二作目の『コンフィデンスマンJP プリンセス編』では、前作の香港からシンガポールへと舞台が飛ぶ。
大富豪の一族フウ家の当主が亡くなり、遺産相続の騒動が持ち上がった。三人の子ども達を戦々恐々とさせたのは、父が家の外にもうけた婚外子の存在だ。世界中から自称隠し子たちが殺到するが、長年一家に仕える老執事の眼鏡は厳しく鋭い。身寄りのない娘こっくり(関水渚)をダミーに仕立て、手切金を狙うダー子、ボクちゃん(東出昌大)、リチャード(小日向文世)の計画も、あと一歩のところで頓挫してしまうが。
今回の見どころは、過去に敵や味方で入り乱れた詐欺師たち(TVシリーズ含む)が揃って再登場するところだろう。その多士済々を過不足なく織り込む巧さは、さすが古沢良太の脚本で、丁寧な伏線と相俟って今回も見応えがある。敢えてケチを付けるなら、女殺し屋たちのナイフの扱いがやや雑か。終盤でヒューマニズムに流れるのも、痛快さが命のコンゲームなら、もう少しドライでいいと思う。(★★★1/2)
ここでは紹介しそびれた今年一月公開の『ラストレター』は、ミステリ映画の収穫のひとつだろう。その原型となったのが、中国映画『チィファの手紙』(二〇一八年)だが、こちらもひと足遅れての公開の運びとなった。監督・脚本は同じ岩井俊二だが、中華圏の役者たちが松たか子、福山雅治、広瀬すずらの役どころを演じている。
主人公のジョウ・シュンは、亡くなった姉に替わって彼女の同窓会への出席を思いつく。しかし当日いきなりスピーチを指名され、動揺から本人の死を報告する機会を逃し、憧れの先輩だったチン・ハオの前でも姉になりすましてしまう。今は作家の彼には、中学時代に主人公を通じ、彼女の姉に恋文を送った思い出があった。同窓会の晩の出来事がきっかけとなり、彼と昔の恋人の妹、その娘らとの間で少し奇妙な文通が始まる。
姉と妹、母と娘が入れ替わって、チン・ハオとの間を行き交う手紙の数々が、誤解とすれ違いのユーモアを生みながら、三十年前と現在を鮮やかに対比させていく。葬儀の模様から始まる物語は、死とのコントラストも鮮やかにヒロイン一家の人間模様や日々の営みを淡々と描き、そこに生の尊さを滲ませる。『Love Letter』以来の捻れた手紙のやりとりというミステリ的な手法も光っている。(★★★★)※九月一一日公開
あのル・カレもまだ洟垂れ小僧だった時代にイギリスで核兵器の開発に携わり、重要な情報をソ連に流した女性研究者を描き、その晩年と若き日をジュディ・デンチとソフィー・クックソンが演じる『ジョーンの秘密』。トレヴァー・ナン監督が描くのは、中性子の発見から武器への利用、さらには原爆投下に繋がった核兵器の歴史と、冷戦前夜のスパイ戦の舞台裏だ。
二〇〇〇年、一人暮らしの老嬢がKGBの元スパイだと告発された。ケンブリッジ大学で物理学を専攻した彼女は、政府機関で原爆開発の任務に就いた。ユダヤ系ロシア人の元恋人はソ連への情報提供を迫るが、主義主張に共感できない彼女はそれを拒否。しかし広島、長崎への原爆投下が、その決心を大きく揺るがすことに。
発覚当時は、共産主義に傾倒する両親や恋人からの影響ばかりが喧伝されたのだろう。その裏に隠されたヒロインの真の動機を解き明かそうというのが、本作の狙いだ。恋人とのロマンスと葛藤から浮き彫りになる真実は、昨今顧みられることの少ない人間の善なる部分に光をあてる。今やファンタジーにも思える主人公の動機が、ル・カレの最新作と重なり合う点はとても興味深い。(★★★)
ミッシング・チルドレンという社会問題が世界的なものであることは、『ラブリーボーン』や『最愛の子』といった米中作品からも判るが、韓国発の『ブリング・ミー・ホーム 尋ね人』もその一つだ。
互いに支え合い、仲睦まじいパク・ヘジュンとイ・ヨンエの夫婦は、辛い過去を抱えていた。六年前、幼い一人息子が行方不明になっていたのだ。さらに夫の急死という悲劇に見舞われるが、釣り場で息子によく似た少年が働かされているとの情報を得た妻は、田舎町へ向かう。果たして、少年は息子の特徴を備えていた。警察署長を味方に付け、養子だと主張する釣り場経営者から、母親の執念で奪還の機会を窺うが。
『毒戦 BELIEVER』の悪夢のようなボス役から一転、穏やかで優しい夫を演じるパク・ヘジュンもいいが、なんといっても、一四年ぶりの映画復帰となるイ・ヨンエが眼福。美しく神々しい母親像をこれでもかと見せつけ、わが子奪還の物語を牽引する。母の愛のひと言で言い尽くされる物語だが、韓国映画独特のあざとさがミステリ色を出している点も見逃せない。(★★★1/2)
※九月一九日公開
※★は最高が四つ、公開日記載なき作品は、すでに公開済みです。