日々是映画日和

日々是映画日和(168)――ミステリ映画時評

三橋曉

 自らがメガホンをとるのは五年ぶりで九度目。三谷幸喜監督の『スオミの話をしよう』は、謎につつまれた人妻スオミ(長澤まさみ)の物語だ。過去には四人の元夫がいて、今は詩人で金持ちの夫と豪邸で暮らしている。何ひとつ不自由ない生活を送っていた筈なのに、彼女はある日忽然といなくなってしまった。スオミはなぜ、そしてどこへ消えたのか。
 空虚な中心であるスオミの物語は、ヒロインを取り巻く多数の証言からなる有吉佐和子の「悪女について」を思い出させる。冒頭には、黒澤明の『天国と地獄』のパロディもあって、失踪とも誘拐ともつかぬ消失事件の緊張感を盛り上げていく。
 スオミをめぐる五人は遠藤憲一、松坂桃李、小林隆、西島秀俊、坂東彌十郎という個性派で、さらに再度の復活が告知された東京サンシャインボーイズの面々も脇に加わり、舞台劇風の世界を繰り広げていく。
 三谷作品には『12人の優しい日本人』などの舞台からの映画化例があるが、本作からはその逆をたどる可能性が窺える。舞台装置を始めとする演劇の枠組みが映画の骨格となっているからだ。終盤で明かされる真相は、異性の本質を見ようとしない男たちに対する痛烈な批判とも受け取れる。*9月13日公開(★★★★)

 フィンチャーやシャマランを敬愛する水野格監督が脚本から手がけたのが『あの人が消えた』だ。宅急便の配達で糊口をしのぐネット作家志望の丸子(高橋文哉)は、配達先の小宮(北香那)を敬愛する人気作家だと確信するが、やがて同じマンションの上階に住まう挙動不審の島崎(染谷将太)が彼女を付け狙うストーカーではないかと疑い始める。交番への相談で疑惑は解消されたかに思えたが、彼女の部屋に入る男の姿を目撃し、彼もその後を追うと。
 丸子を案じる先輩の配達員・荒川(田中圭)を前に、小宮が真相として語る物語の荒唐無稽さに興醒めすること勿れ。終盤にさしかかるこのあたりからが本作の真骨頂で、鮮やかな反転と伏線回収が待ち受ける。そこまでの軽快なコメディ色から一転し、哀感がにじむ真相もいい。使い古された感もあるものの、ラストの意外性は効果をあげていると思う。ただし商業映画としてやむなしとはいえ、その後のアニメーションによる付け足し部分は、蛇足に思えなくもない。*9月20日公開(★★★1/2)

 UHF局のテレビ神奈川が制作する深夜枠番組が話題を呼び、二つのシーズンを経て映画になったのが、『この動画は再生できません THE MOVIE』だ。お笑いコンビ〝かが屋〟扮する心霊動画の編集者・江尻(加賀翔)とオカルトライター・鬼頭(賀屋壮也)が、毎回動画の裏にある意外な真相を解き明かしていくという趣向の推理ドラマの劇場版である。
 編集を請け負った配信番組の動画には、倒産した映画制作会社に眠っていたいわく付きのDVDとの奇妙な接点があった。二十年前に制作されたその映画は、関係者の死でお蔵入りしたものだった。番組の動画に映り込む怪しい人物に気づいた江尻は、理解の追いつかない鬼頭を引き摺るように連れて、現在進行中の犯罪を食い止めようと自宅を飛び出すが。
 チープな作りは天然なのか、それとも演出か。(おそらくはその双方だろう)谷口恒平監督の間の取り方やスマホ画面の使い方からはライブの臨場感が伝わってくる。テレビ版の当時から正統派のミステリドラマとしてセンスの良さが感じられたが、それは映画版からも窺える。もう少しお金を掛けたプロダクションで、更なる続編をと、つい欲張ってみたくなる。*9月13日公開(★★★1/2)

 かつて『グエムル 漢江の怪物』で監督のポン・ジュノと脚本を共同執筆したハ・ジュンウォンだが、監督作としては『DEADMAN 消された男』が初仕事となる。金に困って自分の名前まで売り飛ばしてしまった男の辿る数奇な運命をチョ・ジヌンが演じる。
 雇われ社長としての成功も束の間、マンジュは莫大な借金を負わされ、首謀者が誰かも知らぬまま、中国奥地の私設監獄へ送られてしまう。三年後、一生を奴隷として過ごす運命から彼を救ったのは、政治コンサルのシム女史(キム・ヒエ)だった。彼女から陰謀の詳細を知らされた主人公は、自分と共に捨て石にされた男の娘(イ・スギョン)と組み、黒幕への復讐に乗り出すが。
 テーマは名義盗用という犯罪だが、エンドマーク近くで主人公がしみじみと自分の住民登録証(韓国のマイナンバーカード)を眺めるシーンが印象的だ。隣国では、半世紀以上も前から個人情報の管理を国家が行なっているが、国政を司る政治家にそれを悪用されることの不安を国民は今も払拭できないのだろう。OECDの自国政府への信頼度調査で世界平均を著しく下回る日本で、マイナカードへの根強い反対があるのもむべなるかなである。*10月18日公開(★★★1/2)

 政治不信がテーマの韓国映画をもう一つ。一九九〇年代の発展途上にあった釜山を舞台にしたイ・ウォンテ監督の『対外秘』の主人公で、国会議員を目指す候補者ヘウンを演じるのは、またもやチョ・ジヌンだ。
 地元の信頼も厚く、党の公認も目前だったヘウンは、選挙の直前、地域のドンで国政にも繋がるスンテ(イ・ソンミン)に切り捨てられてしまう。やむなく無所属で出馬し、高校時代からの人脈や金貸しのヤクザ、建設会社の社長を抱き込み選挙戦を有利に運ぶが、敵陣営は違法な手段で勝利を収める。しかし、ヘウンのスンテとの闘いに終わりはなかった。新聞記者のソン(パク・セジン)の協力を得て、スクープでスンテの追い落としを図ろうとするが。
 活劇シーンもふんだんにあり、ノワール色も濃厚ながら、政界の汚れた暗部をえぐる社会派のドラマとして見応えがある。どちらに転んでも不思議はないチョ・ジヌンとイ・ソンミンの一騎打ちに息を呑むが、本作の苦い結末には権力に対する不信感と痛烈な社会批判がにじみ出ている。*11月15日公開(★★★)

※★は四つが最高点