日々是映画日和

日々是映画日和(169)――ミステリ映画時評

三橋曉

 ミステリ映画の渉猟も、映画祭の上映作品まではなかなか手が回らないが、昨年の東京国際映画祭ではチャン・イーモウの『満江紅(マンジャンホン)』(2023年)という素晴らしい歴史時代ミステリと遭遇した。ちなみに、映画祭サイトの紹介にはそれらしい記述がなく、観られたのは偶々のこと。同監督の『崖上のスパイ』も二年遅れての日本公開だったから、これから映画館にかかる可能性もゼロとはいえないものの、その保証はない。そう思えば、いやー、ラッキーでした。

 さて今回のトップバッター、ユエン・キムアイ監督の『盗月者 トウゲツシャ』も、この春の大阪アジアン映画祭で上映され作品だが、こちらはめでたく一般公開となった。香港の人気アイドルグループMIRRORから三人が出演していることも話題だ。
 香港の裏社会で悪名高い一家の二代目ロイ(ギョン・トウ)に脅され、東京の有名時計店襲撃に引き込まれた若き修理屋マー(イーダン・ルイ)。リーダー格のチーフ(ルイス・チョン)、爆破の専門家マリオ(マイケル・ニン)、新米鍵師のユー(アンソン・ロー)とともに、ピカソが愛用した三つの時計を盗み出す。しかし、その際に月面着陸の宇宙飛行士が身につけていたという幻の腕時計にまで手を出したことで、日本のヤクザたちに追われる身となってしまう。
 実際に起きた事件に材を採ったと思しきケイパー(襲撃)ものだが、四人の専門分野をディテールで見せる面白さを織り込み、終盤にはネガをポジに反転させる痛快さもある。ただ主演のアイドルたちのうち、窃盗グループの二人は個性を活かして役に馴染んでいるものの、もう一人の幼さを残した甘いマスクが、叔父貴と呼ばれるボス役に、どうにも釣り合わない。その一点が惜しまれるが、緊張感とユーモアが同居する見応えある犯罪映画に仕上がっている。(★★★1/2)*11月22日公開

 圧迫面接などの就活の不条理をテーマにした、浅倉秋成の同題原作を映画化したのが『六人の嘘つきな大学生』だ。監督の佐藤祐市には、会話に終始するミステリ劇『キサラギ』(2007年)の実績もある。
 エンタメ系コンテンツで急成長の企業スピラリンクスの新卒採用で、最終選考に残った六人(浜辺美波・赤楚衛二・佐野勇斗・山下美月・倉悠貴・西垣匠)に課せられたのは、全員によるディスカッションだった。ところが何度も集まり、綿密な準備を重ねてきた彼らに、突然選考内容の変更が言い渡される。「採用は一名のみ、合格者を全員の討議で決めよ」。一同が戸惑うなか当日を迎えるが、会場の隅に六通の封筒が置かれていた。中からは一人一人の旧悪をあげつらう告発文が出てくる。
 小説にしかできない芸当が原作にはあって、さすがにその部分は省かれているが、大筋において原作に忠実な映像化がなされている。省略された箇所に替えてという意味ではなかろうが、小説では不可能な映像表現が付加されている点は見逃せない。プロットだけをとれば、密室で無理ゲーを強いられるシチュエーション・スリラーに近いが、最後に伏線を回収しながらカタルシスに転じる鮮やかさは、原作に見劣りしない。(★★★1/2)*11月22日公開

 正編、続編(囚われの殺人鬼)、正編の韓国版と、三度の映画化がなされてきた志駕晃原作の「スマホを落としただけなのに」のシリーズ。今回の『スマホを落としただけなのに 最終章 ファイナル ハッキング ゲーム』が、三部作における一応の完結編となる。
 前作の最後で再び世間に紛れたシリアルキラーの浦野(成田凌)は、その才能を韓国の反政府組織に買われ、ソウルに渡った。連絡役にスミン(クォン・ウンビ)をあてがわれ、東京で開催される日韓首脳会談襲撃が彼の仕事だった。一方、宿敵の浦野を追う警視庁の加賀谷(千葉雄大)は、恩人で公安の刑事兵頭(井浦新)とともに、対テロチームに加わる。やがて警備の意表を突いて攻撃に出る浦野だったが、一連の犯行の発端となった長い黒髪の美女への執着を実はまだ捨てていなかった。
 飽かせはしないものの、どこか既視感のある物語の流れの中で、本作の素晴らしさは、シリーズの掉尾でもあるラストシーンに尽きる。佐野史郎や髙石あかりの登場も伏線にもなり、戦慄の一瞬が待ち受ける。★の数は、そんな中田秀夫監督の神業に敬意を込めて。(★★★★)*11月1日公開

 付けも付けたりという邦題に言葉もないユ・ヨンソン監督『殺人女優』。原題の 화녀 は、韓国映画界の異端の天才キム・ギヨンの作品と同じというのが、実に意味深なのだが。
 酒酔い運転で死亡事故を起こし、人気も凋落した女優スヨン(ジヨン)。世間の冷たい目に晒される毎日に疲れ、断っていた酒を再び呑み始めると、昏倒してしまう。しかし、目が醒めた彼女の前には、普段から生意気な態度に腹を据えかねていた若手女優の血に塗れた死体が横たわっていた。混乱するスヨンを、次々招かれざる客が訪ねてくるが。
 森の中を走る少女、桟橋で湖面を見渡す女など、冒頭から思わせぶりなシーンが錯綜する。その後も、夢と現実を行き来するようなヒロインの描き方は、観る者をこれでもかと幻惑し、なるほど監督はタイトルの借用だけでなく、キム・ギヨンを標榜しているのかと思わせる。
 ただ、時折差し挟まれる過去のエピソードは、終盤に至り現在との意想外の接点で繋がるが、ミステリ的なカタルシスとはすれ違ってしまう。巻き込まれ型サスペンスに捻りを加えるべく打った手が空回りし、裏目に出た印象だ。せめて真犯人の動機づけに、説得力がほしかった。(★★)*10月18日公開

※★は四つが最高点