日々是映画日和

日々是映画日和(126)――ミステリ映画時評

三橋曉

 ジャン=ポール・ベルモンドといえばつい思い出すのが、故南部圭之助氏のこのひと言だ。すなわち、美貌のドロンとは対蹠的のブ男で、これがまたどんな悪役をやっても憎まれない利点になり、ドロンと共演すれば、演技力でリードしてしまう(『男優の世界』より)。
 アクションもスタントなしで演じ、コメディのセンスも抜群。もちろん、シリアスな重厚さも兼ね備えたこの大スターは現在も八十七歳で存命だが、映画出演から遠のいて久しい。ヌーベルヴァーグを牽引した一人だが、シャブロルの『二重の鍵』(スタンリー・エリン原作)やトリュフォーの『暗くなるまでこの恋を』(ウィリアム・アイリッシュ原作)等、ミステリ映画への出演も数多い。
 近年、DVDや配信でも観られる全盛期の出演作が少なく寂しい限りだったが、この秋、嬉しいニュースが飛び込んできた。なんと過去に埋もれていた八作が、一挙公開されるというのだ。
 デヴィッド・ニーヴン演じる希代の怪盗を向こうにまわし、ケチな泥棒のベルモンドとその相棒が現金強奪でしのぎを削るクライム・コメディ『大頭脳』をはじめ、パリを震撼させる連続殺人犯を追う無鉄砲な刑事を演じた『恐怖に襲われた街』、政府御用達の仕事人が謎の凶悪犯に挑む『危険を買う男』、さらにはジョゼ・ジョヴァンニのピカレスク小説が原作の『オー!』など。『大盗賊』のフィリップ・ド・ブロカをはじめ、『ムッシュとマドモアゼル』のラクエル・ウェルチから『警部』のマリー・ラフォレまで、監督も豪華なら、共演者が名花揃いなのも嬉しい。
 十月三十日の新宿武蔵野館からスタートして、全国公開の予定だそうなので、ファンは楽しみにお待ちいただきたい。

 南米チリの港町バルバライソを舞台に、若く美しいヒロインをめぐる断片的なエピソードを連ねていく『エマ、愛の罠』は、いわゆるミステリ映画ではないが、観る者を謎ときの迷宮へと引きずり込んでいく。
 深夜の大通りで炎に包まれる信号機。それを見つめるのは、火炎放射器を背負った主人公のマリアーナ・ディ・ジローラモだ。コンテンポラリー・ダンスの振付をする夫ガエル・ガルシア・ベルナルとその妻でダンサーの彼女の仲を破綻させた原因は、養子にとった少年の引き起こした悲劇的な事件だった。世間からの糾弾を受け落ち込む夫を挑発しつつ、複数の男女と大胆に関係を結んでいく。不可解な行動の裏に隠された彼女の思惑は一体何なのか?
 レゲトン(ラテン系ヒップホップ音楽のひとつ)のリズムに乗った印象的なダンス・シーンが、小刻みでテンポのいい展開の骨格の役割を果たしている。一見繋がりのない場面がテレビをザッピングするように続くが、やがて少しづつ全体像の輪郭を浮き彫りにしていく。ヒロインに共感を抱いた一瞬、不吉ともとれるシーンの不意打ちもあるなど、最後の最後まで気が抜けない。(★★★)

『おもかげ』は、『ゴッド・セイブ・アス マドリード連続老女強姦殺人事件』で無類のバディ・ムービーを作り上げたスペインのロドリゴ・ソロゴイェン監督の新作だが、まず冒頭のシークエンスに度肝を抜かれる。
 離れた土地に暮らす父親に会いに出かけた幼い息子からの電話を受ける母親。海岸に一人残され、パパが帰ってこないと不安を口にする息子の声は、次第に緊迫感を帯びている。不審な男が彼に近寄ってきたという。周囲に他に人影はない。母親はすぐに隠れなさいと叫ぶように言うが、男は木陰にいた息子を見つけてしまう。
 ただただ息を呑む、この緊迫の十数分は、二〇一七年のアカデミー賞にもノミネートされた短篇映画だ。それをそのまま長編映画のイントロダクションに使った本作は、行方の知れなくなった息子の面影を追い続ける母親の物語となっている。事件から十年後、母親マルタ・ニエトは息子の消えた浜辺でウェイトレスとして働いていた。そこで息子によく似た少年ジュール・ポリエと出会う。彼は、避暑に訪れた一家の長男だった。互いに何かを感じ合う二人の関係は、周囲を動揺の渦に巻き込んでいくが。衝撃とも言えるクライマックスは、議論百出だろう。(★★★1/2)*十月二十三日公開

 身も心もボロボロといった体のニコール・キッドマンをアップで捉えた最初の画面から、いきなりガツンとくる。そして、そこから始まる一連のシークエンスにもちょっとした意味が込められている『ストレイ・ドッグ』。ヒロインは、ロス市警の女性刑事だ。
 彼女には、FBIの若手捜査官セバスチャン・スタンとともに犯罪組織に潜入した過去があったが、捜査は苦い結末に終わった。以来、荒んだ日々を送り、夫や娘からも疎んじられている。ある時、そんな彼女の元に差出人不明の郵便が届く。出てきた一枚の紙幣は、彼女を十七年前の事件に引き戻す。過ちを犯した過去に決着をつけるべく、彼女は逃亡中の犯罪組織のボスを独り追うことに。
 何を措いてもニコール・キッドマン演じる心に深い闇を抱えたヒロイン像に尽きる、圧巻のノワール・ムービーである。彼女を四面楚歌の状況に追いやった過去と、プライベートの苦境を浮き彫りにする現在が交互に語られ、そこに犯罪計画の顛末と悪党どもの人間模様も重ね合わせいく日系女性監督カリン・クサマの手腕は見事というほかない。前作『インビテーション』と同様に、ミステリ映画としての強烈なインパクトも嬉しい。(★★★★)*十月二十三日公開

※★は最高が四つ、公開日記載なき作品はすでに公開済み。