日々是映画日和(129)――ミステリ映画時評
この号が出る頃には、既に上映を終えている作品があるかもしれないが、少し間が空いたので今回は五本いきます。
アントワーヌ・ランボー監督の『私は確信する』は、フランスで実際に起きた事件に材を採っている。家族の前から忽然と姿を消した女性の失踪事件は、大学教授である夫の逮捕で殺人事件の様相を呈することに。しかし死体もないまま公判は進み、第一審で夫は無罪。検察の控訴で第二審が始まるが、そこに事件に取り憑かれた女が現れる。被告とは縁もゆかりもないシングルマザーだったが、男の無実を確信すると、辣腕の弁護士を巻き込み、私生活を犠牲にして証拠調べに協力する。
世間の矢面に立たされる被告人に肩入れし、彼の無実を証明しようと奔走する女を演じるマリーナ・フォイスの存在感が強烈だ。錯綜する裁判は、尋常とはいえない彼女ばかりか、弁護士や証人、被告の家族らの人生をも狂わせていく。記憶というものの不確かさや、被告人が晒されるリンチに等しい中傷の病根が暴かれ、悪意の所在が明かされていく過程には、異様な熱気を孕む。所謂リーガルスリラーと一線を画し、司法の不確実性に迫ろうとする法廷ミステリの異色作である。(★★★1/2)
仕留めたターゲットの今わの際に、こう問いかける暗殺者。すなわち、あなたは殺されるようなどんな悪事を行ったのか、と。『AVA/エヴァ』で、タイトルロールのエヴァことジェシカ・チャステインが命を狙われるのは、その好奇心が組織を危機に晒すと判断されたからだ。使役役のジョン・マルコヴィッチは彼女を庇おうとするが、二人の上に立つコリン・ファレルは直接手を下すべく自らエヴァに接近していく。
前述の三人に加えて、エヴァの母親役としてジーナ・デイヴィスも出演しており、贅沢なキャスティングはそれだけで十分楽しい。『ウィンターズ・ボーン』や『ガール・オン・ザ・トレイン』で実績もある監督は、戦闘マシンとしてのヒロインの凄みに加え、母親との確執や妹との三角関係なども描き、ドラマに厚みを出している。だが引き換えに、エヴァの闘う美しさから突き抜けるものが抜け落ちているのも否めない。追い詰められたコリン・ファレルがふいに見せる弱気や最後まで組織の正体が曖昧なところなど、中途半端なもどかしさを感じるところもあった。(★★★)※四月公開予定
十五年前に連続少年誘拐事件が町の平和を揺るがせたローカル都市で、再び似た事件が発生する。犯人は獄中だが、続発する事件の手口は酷似しており、共通する遺留品もあった。忽ち捜査は行き詰まるが、なぜか担当刑事の自宅でも不可解な出来事が家族たちを悩ませていた。壁や引き出しから、ある筈のものが消え失せたかと思うと、電化製品のスイッチがオンとオフを勝手に繰り返したり。この町で、そして刑事の家では、一体何が起きているのか?
『フロッグ』の面白さは、町中で起きている連続誘拐事件と、刑事宅での不可解な出来事という二つの謎にあるが、それがどう結びついていくかという興味にもある。実は刑事の家庭では不倫騒動が原因で、家族三人の間には不協和音が流れている。前半の謎めいてサスペンスフルな展開は、この一家をめぐってのもので、家族の軋轢の中に張り巡らされた伏線の数々が中盤以降明らかになっていく。大胆不敵な仕掛けにぎょっとさせられる場面もあり、スタイリッシュで時にスラッシャームービーの大仰さもある演出が、ドラマチックな展開と見事マッチしている。※三月十九日公開(★★★★)
邦題の『リーサル・ストーム』は、出演者の一人の代表作から採られたものだろう。しかし、本作の主役は接近中の超巨大ハリケーンだ。プエルトリコの首都を空前絶後の暴風雨が襲う中、武装した強盗のグループが小さなマンションに侵入してきた。住人の一人が隠し持っているナチス由来の名画が、彼らの狙いだった。住民への避難勧告のため町中を回っていた警官のエミール・ハーシュとステファニー・カヨは、娘と暮らす頑固者の元警官メル・ギブソンの説得に手間取り、武装した強盗団と鉢合わせしてしまう。嵐で孤立したマンションの中で、生き残りを賭けた闘いが始まる。
嵐と銃撃戦だけでは不足と思ったのか、主人公の警察官にはトラウマがあったり、謎の動物を飼う住人がいたり。さらには主人公と元警官の娘ケイト・ボスワースのロマンスまである。ただ手数こそ多いが、どれも意外性に乏しいのが惜しい。メル・ギブソンの活躍を期待させる邦題も、結果として損をしていると思う。(★★1/2)
栄養ドリンクのキャップの当たりくじで海外旅行を手に入れた親子三人が、旅の途中でハイジャックに巻き込まれるというベタな設定にやや怯むが、『ノンストップ』は最高に楽しい一本だ。貧しくても仲良く幸せに暮らす一家に、幸運が転がりこんだ。夫のパク・ソンウンが愛飲するドリンクでハワイ旅行が当選したのだ。大喜びする娘の手を引きタラップを登るが、飛び立った飛行機は北朝鮮のテロリストに乗っ取られてしまう。そんな緊急事態の中、普段は揚げパン屋を営む妻で母親のオム・ジョンファの封印されていた能力が目を覚ます。実は彼女は、凄腕で鳴らした北の工作員という過去があったのだ。
人生初の海外旅行ではしゃぐ家族の物語は、高度一万五千米での激しいアクション映画へと転じていくが、高まる緊張感の中でもコメディ路線を崩さず、笑いが終始物語の原動力となっている。プロットの二転三転も鮮やかに決まり、最後の最後まで笑わせてくれる。先の『EXIT』といい、本作といい、質の高い娯楽作をあっさりと作れてしまう今の韓国映画界はやはりすごい。(★★★★)
※★は最高が四つ、公開日記載なき作品は、すでに公開済みです。