江戸川乱歩賞日本推理作家協会賞贈呈式開催

 十一月一日(水)午後六時より、第六十九回江戸川乱歩賞、第七十六回回日本推理作家協会賞の贈呈式が、池袋のあうるすぽっと(豊島区立舞台芸術交流センター)にて開催された(乱歩賞は株式会社講談社・株式会社フジテレビジョンの後援、豊島区の協力)。
 京極夏彦氏の司会進行により、始めに江戸川乱歩賞受賞者と選考委員が登壇した。
 挨拶に立った貫井徳郎代表理事は、「もともと文学賞はこれまで内々でやっていたが、読者との距離を縮めたいという意図のもと公開贈呈式という形式に切り替えた。二つの賞に興味を持つ方が増えればいいと願っている。この形になったのは二年前からで、豊島区からのお申し出がきっかけだった。その時の区長だった高野之夫さんが二月に亡くなられた。謹んで哀悼いたします」と述べた。
 続いて豊島区長・高際みゆき氏、講談社代表取締役社長・野間省伸氏、フジテレビジョン代表取締役社長・港浩一氏から祝辞があった。
 贈呈式に移り、受賞者の三上幸四郎氏(「蒼天の鳥」)に貫井代表理事から、正賞の江戸川乱歩像と副賞の賞金五百万円の目録が贈呈された。
 選考委員を代表して綾辻行人氏がビデオメッセージにて「四作品が最終選考に残ったが、三上作品を読んで今年はこれで決まりだと思った。最先端ツールや大胆な特殊設定を用いた作品が多い中で、大正十三年の鳥取の物語が、僕には躍動的で魅力的に感じられた。大正ロマンやノスタルジーではなく、現代のさまざまな部分と共鳴する要素があった時代としてとらえ直されていて興味深かった。テーマと人物のバランスが取れており、ケレン味たっぷりの事件、謎とトリック、推理があって意外な解決がある。ある意味王道を行く作品で楽しめた。信用できない語り手とか、先鋭的な推理法を披露する名探偵とかはそぐわない。この作品世界はこれでいい、そこが魅力だ。三上さんにとってこの作品は書かなければならなかった物語だろう。これからはいろいろな引き出しを開いて、受賞作とは違う作品を書かれることと期待している」とエールを送った。
 次いで挨拶に立った三上氏は「幼いころから本を読むのが好きだった。小学生の終わりに乱歩賞というすごい賞があるのを知り、毎年受賞作を読み始めその面白さに魅了された。高校生になったころには自分も応募したいと思い始めたが、別の道に進んでしまい、実際に応募したのは四十年も経ってからだった。この作品には兇賊ジゴマが登場するが、乱歩は明治の終わりにこの映画を見て子供心に興奮したというエッセイを残している。またジゴマという存在が怪人二十面相に影響を与えたのではないかという評論があることも知った。この贈呈式の前に旧江戸川乱歩邸に赴いたが、今年から娘が立教大学に通うことになり、私より前に見学したことを話していた。このように乱歩という存在にご縁があるが、これからはその縁に頼らず、より良い作品を生み出せるように努力したい」と喜びを語った。
 次いで登壇者が入退場して、日本推理作家協会賞贈呈式に移った。貫井代表理事から、長編および連作短編集部門の芦沢央氏(「夜の道標」)と小川哲氏(「君のクイズ」)、短編部門の西澤保彦氏(「異分子の彼女」)、評論・研究部門の日暮雅道氏(「シャーロック・ホームズ・バイブル 永遠の名探偵をめぐる170年の物語」)に、正賞の腕時計と副賞の賞金五十万円の目録が贈られた。
 また二〇二五年から正式に施行される翻訳部門の試行第一回受賞作に選ばれた「1794」「1795」の作者ニクラス・ナット・オ・ダーグ氏と翻訳者のヘレンハルメ美穂氏のそれぞれの代理に、正賞の二銭銅貨オマージュオブジェが贈られた。
 次いで長編および連作短編集部門の選考委員を代表して月村了衛氏が「今年はたいへんな名作揃いで選考前から頭を抱えていた。私の一押しは小川作品だった。日本のミステリー史の中で長く記憶されるべき作品と確信している。乱歩の二銭銅貨と共通するテイストを感じた。選評ではラストがあっけないと書いたが、言葉が足りなかったので補足したい。主人公が追及していくライバルの人間性に対してあっけないと書いたのだが、私はそこがいいと思った。そのような人間をラストで体現することによって、主人公が自らの価値観を再定義し自分の人生を肯定していく。このラストは作者の作家性の現われであると感銘を受けた。続いて同時受賞作を選ぼうという流れになって、芦沢作品と岩井作品が拮抗したが、前者に決まった。作家には贈賞すべき明確な時期があると思う」と選評を述べた。
 受賞挨拶に立った芦沢央氏は「今回で四回目の候補だった。この賞はずっと特別な賞だった。候補にしていただいたおかげで、大好きな短編を書かせて貰えた。本として売りにくい独立短編集を何冊も出していただけた。私の基本はこの賞に作ってもらった。本作は多くの人から慕われていた人格者である塾講師がなぜ殺されたのかというホワイダニットを中心にすえた作品だが、真相に当たる部分をどこまで書き込むかに悩んだ。謎として設定した以上、答えをすべて書くべきだと思いそのようにしたが、取材をして改稿する内にこの人物の動機をすべて言語化できるかどうか疑問に感じ、犯人の自白に当たるパートをまるごと差し替えた。取材に協力していただいた品川裕香さんにアドバイスをいただき、改稿原稿を通しで十回以上読んでいただいた。何を書いて何を書かないかということに意識的になれたのは、品川さんのご尽力のおかげだ。悩みながら書き上げた作品が、道標的な存在である協会賞をいただけたことで、これからは自分で道を捜して進んで行けと背中を押していただいた気がする」
 小川哲氏は「アマゾンの書評にもラストがあっけないと書かれていたが、月村さんの選評を根拠に反論していける。クイズに関わる作品を書こうとは決めていたが、ミステリーという意識はなかった。クイズノックの二人に相談をしていたが、クイズ好きは面白いと思うかもしれないが、一般の人に届くのかどうか、最終稿が上がった時に三人で話していた。それが受賞できるとはお墨付きを貰えた思いだ。名だたる作品の中に自分の作品を入れて貰えたことは、この作品にとってこれ以上ない名誉だ」と、それぞれ喜びを語った。
 続いて短編部門、評論・研究部門の選考委員を代表して恒川光太郎氏が「短編部門は意見が一致してすんなりと決まった。腕貫き探偵シリーズの最新作で、十七年越しに続いている連作だが、単独で評価されたのは作品に力があるからで、手練れの作家による素晴らしい作品だった。評論・研究部門も日暮作品が圧勝だった。他の候補作もそれぞれの分野で素晴らしいが、ホームズというテーマが協会賞として強いし、他の候補作と比べても、研究書として名著に値する本書がずば抜けているという評価だった。ホームズのことだけでなく、ドイルの人生、当時のイギリスの風俗文化、パスティーシュ作品や映像化作品など、話題は多岐にわたり、読みやすい文章の端々にトリビアがあり、知的好奇心を満たされる楽しい作品だった」と選評を述べた。
 受賞挨拶に立った短編部門の西澤氏は、「一九九五年に活動を始め今年で二十八年目になった。長く続けてこられたのは歴代担当の皆さまのご尽力とご支援の賜物と感謝と感激を新たにしている。感謝といえばこの作品はコロナ禍の話で、仕事が減ってしまったタクシー運転手がぼやくシーンから始まるが、これは実体験である。ネタを考えている時にこの話を聞いて、その後の展開は何も決まっていなかったが、とにかく書き始めてできあがったのが今回の受賞作として結実した。あの運転手さんには感謝しているが、どこのどなたか、顔も名前も覚えていない。でも本当にありがとう」
 評論・研究部門の日暮氏は、「三つ嬉しいことがある。長く翻訳家を続けてきたが、おおもとになったのは中高生のころ、早川書房のポケットミステリと東京創元社の創元推理文庫に出会ったことだ。それを読んだ影響によってここまできた。その一方の出版社から出した本で受賞できたことが一つ目だ。二つ目は私の師匠筋の二人がこの賞を受賞していることだ。過去にホームズ関係の著作で何度も候補になった方がいた。ホームズものは協会賞にふさわしいテーマではあるが、それに特化してしまって敬遠される感じもある。その長いホームズものの歴史の中で受賞できたことが三つ目の喜びである。アメリカ探偵作家クラブ(MWA)ではホームズ関連の作品の受賞が続いている。日本でも刊行されるだけでなく、もっと日の目を見るようになればいい」とそれぞれ喜びを語った。
 試行第一回の翻訳部門選考委員を代表して杉江松恋氏が「今年と来年の試行を経て、二〇二五年から正規の部門になるが、先入観無しに選りすぐりの作品を選出できるように、協議を重ねて今回の選考を行った。最終選考作品は五作あったが、私立探偵小説シリーズのスピンオフ作品、主流文学とミステリーの接点に位置する作品、メールのやりとりだけで構成されていて、ゲームブックに近い作りだがきちんとしたミステリー作品という具合に、傾向はばらばらだった。最終的に残った二作も海洋冒険小説と怪奇小説と謎解きをあわせたジャンルオーバーなエンターテインメント系譜の作品と、受賞したオ・ダーグの作品だった。三部作の二作目と三作目が同じ年に翻訳されたため、議論の結果二作を候補とした。国王暗殺が起こり、フランス革命の影響という歴史的事件を背景に描かれた作品だ。スウェーデンは現代ミステリーや警察小説が力を持っているが、そういう中から出てきた北欧ミステリーの新星であるオ・ダーグが選ばれた。もう一年試行をやって本番に備えたい」と選評を述べた。
 ビデオメッセージにて受賞者のニクラス・ナット・オ・ダーグ氏は日本語で「心からありがたく思い感激している。私にとって日本の文化は昔から大切なものだった。作家は書くだけでいいが、翻訳者はその本をわかっていなければならないという言葉がある。力を尽くしてくれたヘレンハルメ美穂さんにも感謝している」
 ヘレンハルメ美穂氏は「協会賞を受賞された作家の名前を拝見すると、驚くほど錚々たる顔ぶれで、翻訳者という立場とはいえ、この列に自分が加わっていいのかと震えが来たが、いただいた賞を励みにこれからも賞の名に恥じない仕事を続けていきたい」とそれぞれ喜びを語った。
 両賞の受賞者、選考委員の写真撮影に続いて、貫井徳郎代表理事の閉会挨拶があり、約二時間にわたる江戸川乱歩賞,日本推理作家協会賞の合同贈呈式は終了した。 この贈呈式の模様はライブ配信もされ、現在でもYouTubeで視聴できる。
https://www.youtube.com/watch?v=Z6XxsHz9FTY&t=194s