第十五回 日常の延長線
日常生活で犯罪に巻き込まれたら、人々はミステリの登場人物のように行動できるのだろうかと、しばしば考えることがある。
ヨーロッパ企画二十五周年ツアー『切り裂かないけど攫いはするジャック』(二〇二三年九月九日/栗東芸術文化会館さきら、九月十四日~十七日/京都府立文化芸術会館、九月二十日~十月八日/本多劇場、十月十一日/高知県立県民文化ホール、十月十四日~十五日/キャナルシティ劇場、十月十七日/JMSアステールプラザ中ホール、十月二十日~二十二日/梅田芸術劇場、十月二十八日/関内ホール、十一月三日/愛知県産業労働センター、十一月十一日~十二日/新川文化ホール)は、十九世紀イギリスのある街で連続攫われ事件が起きるという物語だ。井戸の周りで住民たちが集まり、事件について推理をおこなう。二人の探偵役による鮮やかな論理合戦が繰り広げられるのだが、真相はまったく別のところにある。すぐ目の前で犯行がおこなわれているのに、住民たちの大半はまったく気づかない。観客と被害者だけが事実を知っている。動機等の犯人の心理状況は分からないままで、導き出せない結末もあることがよく分かるミステリ劇だった。切り裂きジャックについて触れられていたが、実際の事件も分析しても意味がなかったのではないかと考えさせられる。
犯罪とは無関係に見える場所で事件が起きる演劇として、東京E-Do motions. vol.6『ネオ芥川―その夜の結末―』(二〇二三年九月八日~十三日/新宿眼科画廊 スペース地下)が印象深い。千葉県成田市にある古本リサイクルチェーン店の事務室のみで物語が展開される。新人アルバイトが棚卸しの日に何らかの犯罪を企てている倒叙ものだ。偶然が重なって犯行計画が崩れ、さらに立て直していく様子に臨場感が沸き起こる。店内では見せない裏の人間関係も非常に現実的だ。事件を起こそうとした当日、事務所の何気ない雑談まで伏線として取り入れた店長の動きが素晴らしく、犯人と探偵の対決を見せられた。犯人は殺人を犯すために水筒に毒物を入れようとしていたが、成功したらどのような展開になったのか。犯人側が勝利したら、おそらく論理的に解決策を導き、犯行を阻止はできなかっただろう。
推理をする、しないにかかわらず、両劇とも事件の噂話が好きな人物が登場していた。日常の延長線で犯罪に巻き込まれる場合、何気ない井戸端会議があるから、事件が浮かび上がってくるのかもしれない。