新入会員紹介

新入会員挨拶

鏑木カヅキ

 皆さま、はじめまして。このたび日本推理作家協会に入会させていただくことになりました、鏑木カヅキと申します。
 入会にあたり、推薦してくださった佐藤青南先生、和泉桂先生、対応してくださった方々、皆さまに厚く御礼申し上げます。
 新入会員挨拶を書くにあたり、ふと思ったことがあります。
 作家の皆さまはなぜ作家になったのだろうかと。
 もともと小説を読むことが好きで自然と執筆をするようになった。あるいは読書感想文のような文章を書く機会を得て、執筆の面白さを知った。物語を妄想し、それを形にしたいと思った。もしかしたら大賞の賞金目当てだったという方もいらっしゃるかもしれません。
 私の場合は逃避が理由でした。
 会社員時代、あまりに仕事が忙しく、人間関係も上手くいっておらず、満足のいく給与も将来性もなく、自分自身にスキルもなく、このまま働き続けても将来に希望は持てない、そんな風に思っていた時にネット小説に出会いました。
 もともと十代の頃にはライトノベルを毎日のように読んでいたため、すんなりと入り込むことができました。ランキングの作品を読み漁り、徐々に自分で作品を掘り起こすようになり、自分だけのお気に入りの作品を探す、そんな休日を過ごしていたのです。
 まだネット小説の書籍化が珍しい時代で、ほとんどの作者はアマチュアの方だったため、自分も書いてみようと思うまでに時間はかかりませんでした。休日は執筆に時間を割き、ストレスを解消するということが当たり前になっていきます。
 私が勤めている会社はいわゆるブラック企業でした。一日の労働時間が十五時間を超えることは当たり前、休憩時間は少なく、人間関係も劣悪、一か月の残業時間が二百時間に届く時もある上に、一か月に一度も休みがない時もあり、仕事ができることを喜ぶという思想を強要される、そんな企業だったのです。
 生活のほとんどが仕事に支配され、数少ない休日でさえ会社からの連絡に怯えていました。運良く一日中休みだったとしても頭の中は明日の仕事でいっぱいでした。
 そんな中、癒しは小説を書くことだけ。
 幸か不幸か、小説を執筆することで自分自身の気質や向き不向きがわかっていきました。会社勤めに向いていないこと、一人で作業を行うことが苦ではないこと、何よりも創作活動が心から楽しいと思えること。
 私は自然に小説家になろうと思い始めました。
 新人賞に作品を送り続け、持ち込みが可能な出版社に作品を送り、ネット小説を投稿し続け、考えうるプロになる方法をすべて実践しました。もちろん、ただ闇雲に投稿するだけでは成功確率が低いので、可能な限り情報収集をし、大賞の傾向を調査し、レーベルの小説や流行っている小説を読み、勉強しました。
 その甲斐あってか、それから数年後『アンリミテッド・レベル』という作品が書籍化されます。ネット投稿サイトに掲載していた小説でした。
 人生最良の日だと思ったのを覚えています。これでプロになれる。これからライトノベル作家として頑張るのだと。
 ですが現実はそう甘くはなく、残念ながら売り上げは振るわずに打ち切りとなってしまうのですが……。しかし、それから七年近く経っていますが、いまだに私は作家業を続けています。
 作品数は多くなく、まだヒットした作品はありません。ですが企業の歯車として生き、日々を浪費し、将来に希望を持てずに生きていた時に比べると心は軽く、前向きです。
 もちろん会社員の方を卑下するわけではありません。どんな生き方でも、どんな職業でも、社会や人に必要とされ、倫理や法に反しないのであれば、それは尊重されるべきです。
 私が言いたいのは、今の自分に満足しているかどうかが人生において、とても大事なことだということです。
 まあ、最近は作家業よりも漫画原作の方が上手くいっているので、少し疎かになっているなとは感じているのですが、今後も作家として活動を続けたいと考えております。
 会報は、恐らく主に作家先生に届くもの。私のような若輩者が決意表明しようと、過去を語ろうと、青二才が何を言っているのかと笑われてしまうかもしれませんが、私はこう思うのです。
 小説に出会えてよかったと。
 人生に絶望を抱いていたあの頃の自分を思い出すと、小説が私を救ってくれたのだと強く感じるのです。
 最初の動機は逃避、しかし今は直面し、邁進しています。これからも私の作家人生は続いていく……ように頑張ります。
 長々と自分語り失礼いたしました。あまり公に私事を語ることがなかったのですが、過去を振り返ることができたのでとてもいい機会でした。
 今の自分があるのは自分だけの力ではなく、多くの方々の助けによるもの。それを忘れず、感謝を伝え、何事にも真摯に向き合い、常に邁進しなければならないという自戒にもなりました。
 最後に、改めて日本推理作家協会の入会を許可していただき、ありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。