入会のご挨拶
皆さま、はじめまして。このたび、日本推理作家協会の末席に加えていただくことになりました方丈貴恵です。
私は二〇一九年に『時空旅行者の砂時計』で第二十九回鮎川哲也賞を受賞し、ミステリ作家としてデビューいたしました。学生時代には京都大学推理小説研究会に所属していたのですが、当時は作家を目指していた訳でもなく、あまり創作に熱心なほうではありませんでした。
ですが、社会人となってからはその反動のように『ミステリを書きたい』という情熱が年々高まっていきました。確か、最初に新人賞に投稿をしたのは、二〇一一年末のことだったと思います。そこから考えると、デビューするまでに八年近くがかかった計算となり、その間は思うように選考を通過できず思い悩んだ時期もありました。
鮎川哲也賞の受賞のご連絡をいただいた際も、もちろん喜びは特大だったのですが……同時に、本当に作家として上手くやっていけるのか不安でたまらなくなったことを鮮明に覚えています。そのため、今でも『自分にできるのは、ただ懸命に書くことだけ』『何事も怖がらずに、まずは当たって砕けろの精神で』と言い聞かせて、自らを奮い立たせながら執筆にのぞんでいます。
ここで自己紹介も兼ねて、既刊の作品のご紹介をさせていただければと思います。
デビュー作の『時空旅行者の砂時計』(東京創元社)はタイムトラベルを扱った特殊設定ミステリでして、同シリーズの長編に『孤島の来訪者』と『名探偵に甘美なる死を』があります。
この〈竜泉家の一族〉シリーズは、読者への挑戦がついていること、作品によって主人公が入れ替わることもあること、一話ごとにまったく異なる特殊設定を扱っていることが主な特徴かと思います。また、私自身が読み手としても書き手としても、意外性と荒唐無稽さに満ちた物語を好む傾向があるので、このシリーズではトリックやロジック以外の部分でもそういった面白さを味わうことのできる作品を目指しました(少しでも、それが実現できているといいのですが)。
一方、連作中短編集の『アミュレット・ホテル』(光文社)は、犯罪者御用達ホテルを舞台とした本格ミステリで、日本国内を舞台にしながらもほのかに海外風味が漂う、よりコミカルでエンタテインメント性の高い物語を目指しました。
このシリーズは、映画『ジョン・ウィック』に登場するコンチネンタルホテルにインスピレーションを受けており、犯罪者たちが生き生きと描かれるアクション洋画好きが高じて生まれた作品ともいえます。そこに更に、ウィリアム・アイリッシュ(ウールリッチ)の「ただならぬ部屋」、レイモンド・チャンドラーの「黄色いキング」、都筑道夫の『探偵は眠らない』などを読んで強く心惹かれていた『ホテル探偵』という設定が組み合わされています。
続きまして、私のミステリ遍歴・好きなミステリについてお話させていただければと思います。
子供の頃はモーリス・ルブランのアルセーヌ・ルパン(リュパン)シリーズが大好きで、本が擦り切れるくらい何度も繰り返し読んでいました。今でもフィクション上の犯罪者が大好物で、特に『怪盗』と聞いたら反応せずにはいられないくらいです。
その後、学生時代に特に衝撃を受け、大きく影響を受けることになった作品は、綾辻行人の『十角館の殺人』、S.S.ヴァン・ダインの『僧正殺人事件』、チャンドラーの『長いお別れ』でした(この三作は、今でも私の不動のオールタイムベストです)。
近年のマイベストはたまに入れ替わることもあるのですが、今は市川憂人『ジェリーフィッシュは凍らない』、貴志祐介の『硝子のハンマー』、山田風太郎『明治断頭台』、米澤穂信『折れた竜骨』です(年齢を重ねてくると、自分自身の読み方自体が徐々に変わってくるようでして……再読をする度に、若い頃には理解できなかった『良さ』を感じることも多くなり、読書の奥深さを痛感する日々です)。
自分でも好みの傾向が分析しきれていないのですが、基本的に本格ミステリらしいフェアさと緻密さと、荒唐無稽さをあわせ持った物語を好きになりやすい人間なのだと思います。
デビューした当初から、私は主に本格ミステリを書き続けようと心に決めております。そのため、これからも本格ミステリを主軸に、可能な限り幅広いエンタテインメント作品を目指して執筆したいと考えています。
改めまして、このたびは日本推理作家協会という伝統ある団体に加入させていただき、誠にありがとうございます。ミステリ作家としても人間としても不器用で、まだまだ至らぬ部分の多い私ですが、これからも執筆に邁進していきたいと考えております。
恐れ入りますが、引き続きよろしくお願い申し上げます。