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念願

加藤元

 先日、上野の某ポルノ映画館を取材させてもらった。
 一度でいい。中に入ってみたい。高校生のころからそう思っていた場所だった。しかし、勇気がなくて幾星霜。今回、取材という名目で、二十数年来の夢がかなったのである。
 取材の段取りをつけてくれた担当氏は三十歳そこそこ。ポルノ映画館にはあまり馴染みがなさそうな世代である。
「そんなことはありません。以前、会社の先輩にそそのかされて、新宿のポルノ映画館に入ったことはあるんです」
 担当氏は、陰鬱な表情で語った。
「座ってみたら、すぐに左右から手が伸びてきました。男同士のハッテン場だったんです」
 よくある展開ですね。それでどうしました?
「慌ててトイレに逃げ込みました」
 あぶない。そこは逃げ場所じゃありません。ホラー映画でいえば殺されどころ、自動車の中で恋人といちゃつくようなものです。
 で、どうなりました?
「もう、これ以上は訊かないでください……」
 あなた、新婚ほやほやでしょう。そのときの傷は癒えたと考えていいのですか。
「そんなことより、支配人さんになにを訊くか決めましたか」
 支配人さんへの質問は、まずやはりどんなお客さんがいるか、どんな変わったエピソードがあるのか、ということだろうか。
 そのように話し合いながら、某映画館へ赴いた。経営は古いのだが、建物自体は新しい。一見、ごく普通のミニシアターのようだ。暗さや不潔さは微塵もない。
 しかし、ウインドーに飾られたポスターに躍る文字は「未亡人」「ソープ」「痴漢」に「責める」「なめる」「くわえる」。激烈である。入りにくいには入りにくい。
「では、いっせいのせ、で行きましょう」
 などと担当氏、いきなり気弱になっている。
 いっせいのせで、自動扉を踏む。中へ入ると、ロビーの椅子に腰をかけたお客さんといきなり眼が合った。白いスーツに身を包み、ごつごつした脚をスカートから見せつけるように組んでいる、初老の男性であった。
「あっ」
 見てはいけない。目をそらすと、場内の扉から小花柄のワンピース姿の中年男性がちょうど出てくるところだった。
「最初の質問はこれで消えましたね」担当氏は呟いた。「訊ねるまでもない」
 まあ、ノガミといえば、おかまちゃんのメッカですからね。
「取材の方ですか。どうぞどうぞ」
 もぎり兼売店のおねえさん(推定六十代)が、ロビーの椅子を指さした。
「支配人はすぐにこちらへ参ります。あちらで腰をかけてお待ちください」
 無理です。何のお仕置きですか。

 そののち、上映中の映画が流れっぱなし、若い女優さんが全裸で身をくねらせ、なまめかしい声を上げどおしのモニターを横にしながら、支配人さんから興味深い話をたくさん聞かせてもらった。
 ことに、映画に賭ける情熱と真剣さには、頭の下がる思いがした。
「有意義な取材でしたね」
 すべての取材を済ませたとき、担当氏はにこやかにそう言った。
 だが、そこで聞いたはずの話の内容を照合したところ、まったくかみ合わなかった。どうやら担当氏は、身を入れて話を聞いていなかったようだ。
 なにか、ほかに気を取られることでもあったのだろうか。わたしには、さっぱり理由がわからない。