日々是映画日和

日々是映画日和(65)

三橋曉

 今回も無駄話なしに、どんどん行きましょう。

〈ドライヴ〉でブルータルな演出を交え、流麗な映像美を展開してみせたニコラス・ウィンディング・レフン監督だが、血まみれの復讐物語〈オンリー・ゴッド〉で、再びライアン・ゴズリングと組んでいる。バンコクでボクシングジムを営み、ドラッグ商売にも手を染める彼には愚かな兄がいて、売春婦を殺したことから、その父親に惨殺されてしまう。母国から駆けつけた母親は仇を取れと命じるが、兄の非を知る彼は、手をこまねくしかない。業を煮やす母親は、殺し屋を雇って思いを遂げようとする。が、しかし。
 血の色の深紅を基調とした濃密な色彩空間で静かに繰り広げられていくスタイリッシュな映像はレフン監督の独壇場で、鈴木清順から直々に〈東京流れ者〉のリメイクを依頼されたというエピソードも成程な、と思えてくる。地元の元警官を演じるヴィタヤ・パンスリンガムと、組織を率いる女ボスでもある母役のクリスティン・スコット・トーマスが対峙する構図は、単なる正義対悪という枠組みに収まらない強烈さで、観客を圧倒。アジアの深淵を覗かせるノワール作といっていいだろう。(★★★★)

 今年のアカデミー賞で作品賞をはじめ十部門にノミネートされている〈アメリカン・ハッスル〉は、七十年代のニューヨークで実際に起きた収賄スキャンダル〝アブスキャム事件〟をもとにしている。パーティでクリーニング店を経営するクリスチャン・ベイルと出会い、意気投合した元ストリッパーのエイミー・アダムスは、彼の裏稼業である詐欺の相棒となって荒稼ぎをしていた。しかしある時、FBI捜査官ブラッドリー・クーパーの罠にはまってしまう。おとり捜査を手伝えば無罪放免という条件で二人は協力するが、間もなく絶好の鴨が見つかる。資金難の事業を抱える市長が、不正な金に手を出そうとしていたのだ。
 まさに瓢箪から駒といった展開と並行し、登場人物たちの入り組んだ恋愛模様を描くあたりは、いかにも〈もうひとつのプレイバック〉のデヴィッド・O・ラッセル監督らしい。主人公の妻で型破りな女っぷりを発揮するジェニファー・ローレンスの暴走や、二転三転する恋の鞘当ても楽しいが、観客の足もとをすくう終盤の急展開が見ものだ。(★★★1/2)

 日韓混成チームで製作された〈ゲノムハザード ある天才科学者の5日間〉は、司城志朗の原作を監督のキム・ソンスが脚本化し、主人公を西島秀俊が、謎の女性たちをキム・ヒョジン、真木よう子が演じる。デザイン会社に籍をおく西島が結婚記念日の晩に帰宅すると、妻は死体となっていた。しかしその直後にかかってきた電話は妻からのもので、訪ねてきた警察に気を取られているうちに、今度は死体が消えてしまう。署への同行に応じざるをえなかった西島だが、警察を名乗る男たちの様子を不審に思い、隙をみて逃走する。
 原作の持ち味のひとつだったミステリアスかつ魅力的なイントロに始まり、フルスロットルでサスペンスたっぷりに展開していくが、女性記者のキム・ヒョジンや、彼に追いすがるパク・トンハの主人公との結びつきが、物語に奥行きと厚みをもたらしている。最後に明らかにされる真相は、真木よう子という鍵を握る女の存在感を鮮明なものにするが、それと同時に立ち昇る濃厚なロマンンチシズムが、観客の心を大きく揺さぶらずにはおかない。(★★★1/2)

 早くもハリウッドでのリメイク決定というパク・フンジョン監督の〈新しき世界〉は、潜入捜査官ものだ。巨大な犯罪組織に潜りこんで八年、イ・ジョンジェは幹部にまで出世をしていた。会長が謎の死を遂げ、跡目問題が浮上すると、後継者争いに介入し、組織の壊滅を画策するよう指示が下る。警察官への復帰を望む主人公は、上司チェ・ミンシクに反発するが、兄貴分の視線を警戒しつつ、任務を遂行しようとする。
 身分を明かすことのできない緊張感と、時に非情にもならねばならない任務の重さ。主人公に剃刀の刃を歩いて渡るような生活を強いる苛酷な潜入捜査が描かれていくが、彼をブラザーと呼んで可愛がる組織の兄貴分をファン・ジョンミンが人懐こく演じて、物語に人間ドラマの血を通わせているところが面白い。クライマックスの後、一気に時間を遡ってみせる過去のエピソードが、エピローグとして心憎いばかりだ。(★★★1/2)

 中国とアメリカの両国を股にかけての活躍を続けるジェット・リーが、若手のウェン・ジャンとの刑事コンビで、有名人ばかりを狙った連続殺人の捜査にあたるのが、〈ドラゴン・コップス 微笑捜査線〉だ。事件の共通点は、死体が微笑みを浮かべていること。上司のミシェル・チェンの命令でこの奇妙な事件の捜査に乗り出した香港警察の名物コンビは、被害者たちの葬儀に顔を出していた女優の存在を突きとめるが。
 二人のほかにも、クンフー映画でおなじみのブルース・リャンらも登場し、さては格闘系と思いきや、徹底したスラップスティックで笑わせてくれる。もちろん、この顔ぶれならではのバトル・シーンもあるが、ハチャメチャな推理も含めて、抱腹絶倒の展開を楽しむのが吉だろう。カメオ出演になじみの顔が多いのも、香港映画好きの頬を緩ませる。(★★1/2)

 管理社会がさらに進み、人々のすべての情報が国家の管理下におかれた近未来を描くダビド・ルイス監督の〈ブロークン・アイデンティティ〉は、ひとりの医師が、山小屋で記憶喪失の青年を発見するところから始まる。手当てのために運んだ病院で、普通の人間にはある筈の管理記録が彼にはないことがわかる。青年はいったい何者で、どこから来たのか?
 ほどなく彼を追う謎の組織の存在が明らかになり、意外な事実が浮かび上がるが、伏線を掘り起こしつつ、フラッシュバックを通じてそれが明らかになっていく展開が鮮やか。高まる緊張感と深まる謎が相乗効果をあげている。メキシコ映画、侮り難し。(★★★)
※★は四つが満点(BOMBが最低点)です。