推理小説・二〇一三年
二〇一三年の初頭から年末にかけて、日経平均株価は約五割の上昇を見せた。不確定要素は多々あるにせよ、東京オリンピックの招致決定などを通じて、停滞からの脱出ムードが醸されたことは確かだろう。推理小説界にも追い風が吹くことを期待したい。
ジャンルが栄えるための条件として、才能豊かな新人の必要性は疑いない。まずは新人賞の動向を見ていこう。第五十九回江戸川乱歩賞に輝いた竹吉優輔『襲名犯』(講談社)は猟奇殺人鬼の模倣犯を描くサイコスリラー。第三十三回横溝正史ミステリ大賞の伊兼源太郎『見えざる網』(角川書店)はSNSを扱った現代型サスペンス。第二十三回鮎川哲也賞の市川哲也『名探偵の証明』(東京創元社)は元名探偵が復活を目指す本格ミステリだ。第二十回日本ホラー小説大賞は倉狩聡『かにみそ』(角川書店)が優秀賞、佐島佑『ウラミズ』(角川書店)が読者賞。第二十回松本清張賞は山口恵似子『月下上海』(文藝春秋)。第十六回日本ミステリー文学大賞新人賞の葉真中顕『ロスト・ケア』(光文社)は老人介護を扱った犯罪小説である。
第十一回「このミステリーがすごい!」大賞では安生正『生存者ゼロ』(宝島社)が大賞、新藤卓広『秘密結社にご注意を』(宝島社)と深津十一『「童石」をめぐる奇妙な物語』(宝島社)が優秀賞に選ばれた。第八回新潮エンターテインメント大賞は光本正記『紅葉街駅前自殺センター』(新潮社)、第五回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞は高林さわ『バイリンガル』(光文社)、第三回アガサ・クリスティー賞は三沢陽一『致死量未満の殺人』(早川書房)、第四十七回メフィスト賞は周木律『眼球堂の殺人』(講談社)、第四十八回メフィスト賞は近本洋一『愛の徴』(講談社)が受賞。新人以外では月村了衛『機龍警察 暗黒市場』(早川書房)が第三十四回吉川英治文学新人賞、東野圭吾『夢幻花』(PHP研究所)、が第二十六回柴田錬三郎賞を受けている。
話題作にも簡単に触れておきたい。本格ミステリから話を始めると、青崎有吾『水族館の殺人』(東京創元社)はロジック重視の作風で人気を博した。小林泰三『アリス殺し』(東京創元社)はキッチュな異世界の謎解きを展開した怪作。梓崎優『リバーサイド・チルドレン』(東京創元社)はカンボジアで起きた連続殺人の動機を暴く著者の初長篇。島田荘司『星籠の海』(講談社)は名探偵・御手洗潔とカルト教祖の闘いを綴った大作。辻真先『戯作・誕生殺人事件』(東京創元社)は四十一年間続いた〈スーパー&ポテト〉シリーズの完結篇。麻耶雄嵩『貴族探偵対女探偵』(集英社)は自分では推理をしない貴族探偵を描く連作集の第二弾。米澤穂信『リカーシブル』(新潮社)は田舎町の姉弟が地元の伝説を探る青春ミステリだ。
警察小説にも収穫は多かった。佐々木譲『代官山コールドケース』(文藝春秋)は特命捜査対策室が十八年前の冤罪に立ち向かう力作。長岡弘樹『教場』(小学館)は警察学校の苛烈なドラマを描く連作長編。東野圭吾『祈りの幕が下りる時』(講談社)では刑事・加賀恭一郎が母親の過去にまつわる難事件に挑んでいる。
他の注目作としては――芦辺拓『奇譚を売る店』(光文社)は怪しげな古本を買った作家が異様な体験をする怪奇連作集。伊坂幸太郎『死神の浮力』(文藝春秋)は娘を殺した犯人に復讐しようとする夫婦と死神をめぐる奇想天外な物語。中村文則『去年の冬、きみと別れ』(幻冬舎)はライターと死刑囚の出会いが逆転劇を生む心理スリラー。法月綸太郎『ノックス・マシン』(角川書店)は古典ミステリの教養と奇想を絡めた異色短篇集。東山彰良『ブラックライダー』(新潮社)では文明崩壊後の異様なビジョンが次々に示される。深水黎一郎『美人薄命』(双葉社)はアルバイト学生が老女の秘密に気付くエモーショナルな青春譚。三上延『ビブリア古書店の事件手帖4』(アスキー・メディアワークス)は女性古書店主が探偵役を務めるシリーズの第四弾である。
見るべき作品はまだあるが、紙幅が限られているため、ここからは書名の列記に留めておく。秋吉理香子『暗黒女子』(双葉社)、芦辺拓『時の審廷』(講談社)、有栖川有栖『菩提樹荘の殺人』(文藝春秋)、石持浅海『三階に止まる』(河出書房新社)、一田和樹『サイバークライム 悪意のファネル』(原書房)、伊予原新『ルカの方舟』(講談社)、上田早夕里『深紅の碑文』(早川書房)、逢坂剛『さらばスペインの日日』(講談社)、大倉崇裕『福家警部補の報告』(東京創元社)、大沢在昌『海と月の迷路』(毎日新聞社)、太田愛『幻夏』(角川書店)、霞流一『落日のコンドル』(早川書房)、門井慶喜『ホテル・コンシェルジュ』(文藝春秋)、加納朋子『はるひのの、はる』(幻冬舎)、鏑木蓮『京都西陣シェアハウス』(講談社)、貴志祐介『雀蜂』(角川書店)、喜多喜久『二重螺旋の誘拐』(宝島社)、北國浩二『ペルソナの鎖』(新潮社)、北山猛邦『人魚姫』(徳間書店)、木村二郎『残酷なチョコレート』(東京創元社)、倉阪鬼一郎『八王子七色面妖館密室不可能殺人』(講談社)、黒川博行『落英』(幻冬舎)、今野敏『宰領』(新潮社)、篠田節子『ブラックボックス』(朝日新聞出版)、真保裕一『正義をふりかざす君へ』(徳間書店)、菅原和也『CUT』(角川書店)、田中啓文『シャーロック・ホームズたちの冒険』(東京創元社)、知念実希人『ブラッドライン』(新潮社)、辻原登『冬の旅』(集英社)、恒川光太郎『金色機械』(文藝春秋)、津原泰水『たまさか人形堂それから』(文藝春秋)、天童荒太『歓喜の仔』(幻冬舎)、東郷隆『定吉七番の復活』(講談社)、長沢樹『上石神井さよならレボリューション』(集英社)、永嶋恵美『なぜ猫は旅をするのか?』(双葉社)、西山健『ヤマの疾風』(徳間書店)、伯方雪日『ガチ!』(原書房)、蓮見恭子『拝啓 17歳の私』(角川春樹事務所)、樋口有介『風景を見る犬』(集英社インターナショナル)、平石貴樹『松谷警部補と目黒の雨』(東京創元社)、深町秋生『アウトサイダー』(幻冬舎)、深見真『ライフルバード』(角川春樹事務所)、深緑野分『オーブランの少女』(東京創元社)、福澤徹三『灰色の犬』(光文社)、福田和代『東京ダンジョン』(PHP研究所)、藤田宜永『孤独の絆』(文藝春秋)、深木章子『螺旋の底』(原書房)、道尾秀介『笑うハーレキン』(中央公論新社)、皆川博子『アルモニカ・ディアボリカ』(早川書房)、湊かなえ『望郷』(文藝春秋)、宮内悠介『ヨハネスブルグの天使たち』(早川書房)、宮部みゆき『ペテロの葬列』(集英社)、森川智喜『スノーホワイト』(講談社)、薬丸岳『友罪』(集英社)、山田正紀『復活するはわれにあり』(双葉社)、柚月裕子『検事の死命』(宝島社)、吉田修一『愛に乱暴』(新潮社)、詠坂雄二『亡霊ふたり』(東京創元社)等々。
アンソロジーでは『和菓子のアンソロジー』『本屋さんのアンソロジー』『ペットのアンソロジー』『幻の名探偵』『古書ミステリー倶楽部』(光文社)、『デッド・オア・アライヴ』(講談社)、『名探偵だって恋をする』(角川書店)、『猫とわたしの七日間』(ポプラ社)などの企画物が豊作だった。定番の『ザ・ベストミステリーズ2013』『ベスト本格ミステリ2013』(講談社)も高いクオリティを備えた好著である。
戦前・戦後の探偵小説を中心として、旧作の復刊も順調に続いている。具体的には『丘美丈二郎探偵小説選I~II』『岡村雄輔探偵小説選I~II』『菊池幽芳探偵小説選』『北洋探偵小説選』『坪田宏探偵小説選』『仁木悦子少年小説コレクション1~3』『光石介太郎探偵小説選』『水上幻一郎探偵小説選』『吉野賛十探偵小説選』『蘭郁二郎探偵小説選I~II』(論創社)、『大坪砂男全集1~4』(東京創元社)、『山田風太郎新発見作品集』(出版芸術社)などが挙げられるだろう。
評論・研究書のリリースも活発だった。飯城勇三『エラリー・クイーンの騎士たち』(論創社)、内田隆三『ロジャー・アクロイドはなぜ殺される?』(岩波書店)、押野武志+諸岡卓真『日本探偵小説を読む』(北海道大学出版会)、北上次郎『極私的ミステリー年代記(上下)』(論創社)、郷原宏『日本推理小説論争史』(双葉社)、澁澤龍彦『推理小説月旦』(深夜叢書社)、杉江松恋『海外ミステリー マストリード100』(日本経済新聞出版社)、谷口基『変格探偵小説入門』(岩波書店)、野村恒彦『探偵小説の街・神戸』(エレガントライフ)、法月綸太郎『盤面の敵はどこへ行ったか』(講談社)などはその成果である。二十七年ぶりに集計が行われた『東西ミステリーベスト100』(文藝春秋)の文庫化も大きなトピックに違いない。
十三年は人気作家が相次いで亡くなった年でもある。一月には山沢晴雄、二月には今邑彩と殊能将之、四月には佐野洋、五月には加賀美雅之、一〇月には連城三紀彦が逝去した。山沢晴雄は一九二四年の大阪府生まれ、五一年に『砧最初の事件』『仮面』でデビュー。今邑彩は一九五五年長野県生まれ。八九年に『卍の殺人』でデビュー。殊能将之は六四年福井県生まれ。九九年に『ハサミ男』で第十三回メフィスト賞を受賞。佐野洋は二八年東京都生まれ。六四年に『華麗なる醜聞』で第十八回日本推理作家協会賞、九八年に第一回日本ミステリー文学大賞、二〇〇九年に菊池寛賞を受賞。加賀美雅之は一九五九年千葉県生まれ。二〇〇二年に『双月城の惨劇』で長篇デビュー。連城三紀彦は一九四八年愛知県生まれ。七八年に「変調二人羽織」で第三回幻影城新人賞、八一年に「戻り川心中」で第三十四回日本推理作家協会賞、八四年に「恋文」で第九十一回直木賞、同年に「宵待草夜情」で第五回吉川英治文学新人賞、九六年に『隠れ菊』で第九回柴田錬三郎賞を受賞した。各氏の御冥福をお祈りする。