日々是映画日和

日々是映画日和(66)

三橋曉

 地域おこしの定番事業と化している感のあるロックフェスと映画祭だけど、すぐに見向きもされなくなる施設やオブジェが出来るより、よほど有難い。というわけで、楽しみにしている大阪のアジアン映画祭に今年も行ってきた。3月7日から十日間という映画祭スケジュールの後半、日本公開未定のコンペティション作品を中心に足を運んだ。第九回にあたる今年のグランプリは、コールセンターの夜間勤務で働く写真家志願の女とゲイの男の孤独と心の交流に焦点を合わせた『シフト』に決まったが、この作品といい、大人の女性に恋心を抱くお転婆な少女の乙女心を描く『アニタのラスト・チャチャ』といい、フィリピン勢の健闘がやけに目立った。

 ジェロルド・ターログ監督の『もしもあの時 IF ONLY』も、そのフィリピン旋風のひとつ。青年実業家ロバートとの結婚を目前にしながらマリッジブルーのアンドレアは、式の当日、叔母が頼んだカメラマンのデニスに奇妙な既視感をおぼえる。式への出席者が続々と到着する中、デニスと屋上にあがったアンドレアは彼との会話を通じて忘れた筈の思い出を甦らせていく。一方、式場では彼女が姿を消したと大騒ぎに。アンドレアには、結婚を目前に逃げ出した前科があったのだ。気をもむ家族と許婚者のロバート。果たして、結婚式の行方は?
 物語のたおやかな流れや水際立った登場人物たちは、まるでフランス映画を観ているよう。それも上質の恋愛映画の手触りがあって、断片的に差し挟まれる回想のシーンから、ヒロインの封印された過去がゆっくりと浮かび上がっていく。ジグソーパズルの絵柄が次第に見えてくるような面白さと、アンドレアの決断をめぐって最後まではらはらさせる展開はサスペンス映画さながらで、ラブストーリーとして直球ど真ん中でありながら、ミステリ映画としてもスリル満点な仕上がりとなっている。本作はカメラマンの視点を主題にした三部作の最終作だそうだが、この監督の過去作にも大いに興味をそそられる。
(★★★★)

 ハヌン・ブラマンチョ、ラハビ・マンドラ共同監督の『2014』は、インドネシア発のポリティカル・フィクションだ。大統領の座をめぐる選挙戦のさなか、現職の候補者バガスは、何者かの罠にはまり、殺人の容疑で逮捕されてしまう。家庭では反発ばかりしていたが、父親の無実を信じる息子のリッキーは、評判の法律家クリシュナを訪ねて弁護を頼みこみ、彼の娘ララとともに、自らも事件の調査を始める。しかし、敵は留置所の中のバガスに刺客を差し向けるという大胆さで、やがて大統領を救うために奔走するリッキーや弁護士の身辺をも脅かしはじめる。
 ハリウッド映画をお手本に、謀略、アクション、家族の絆など、とにかく盛りだくさんのエンタテインメント作だが、いまひとつ模倣の域を出ないもどかしさを感じる。個々の要素は充実していても、それをどうシンクロさせるか、おぼつかない様子だ。時折画面に表示される大統領選挙までのカウントダウンも活かされていないし、物語の運びもどこかギクシャクしている。後半置き去りにされる組織に反発して孤軍奮闘する女性捜査官の活躍など、もう少し描きようがあったと思えるのだが。
(★★)

 都内では特集上映も行われるなど、ここのところ俄かに注目を集めるマレーシア映画だが、『KIL』は、低予算、短期間で撮られた同国産のインディーズ作品だ。自殺願望を抱える青年アキル(通称キル)は、死にたければ連絡を、という奇妙なビラを目にとめ、吸い寄せられるようにそこに記された番号に電話をしてしまう。詳細を知るために訪ねた相手方から、全財産と引き換えに自殺を手助けするという提案を受け、半信半疑で契約を交わすが、その直後、偶然出会ったひとりの女性ザラによって、アキルの鬱々とした日々は一転することに。
 主人公が自殺志願者というオフビートな入り方といい、私生活が充実した途端に今度は死ぬのが怖くなり、殺人者の影に怯えるというサスペンスフルな中盤の展開といい、若手の監督ニックアミール・ムスタファの観る者を物語へ引き込んでいく力は確かなものだが、惜しいことに結末がややあっけない。たどり着くであろう真相に途中で予想がついてしまうのは仕方ないにしても、せめてあとひと捻りほしいところ。
(★★1/2)

 テレビドラマの「惡作劇之吻(いたずらなKiss)」でヒロインを演じた美少女アリエル・リンが、『甘い殺意』では新米刑事を演じる。誰もがルーキーのイーピン刑事と組むのを嫌がるのは、彼女が署長の娘だからだった。結局、上司から言いくるめられたウォン(アレック・スー)とのコンビが誕生するが、臆病者の彼に対し、イーピンはやる気満々で、どちらが先輩かわからない。麻薬の売人を捕まえるために、映画館に罠を張った課をあげての合同作戦でも、ウォンのせいで容疑者を取り逃してしまう。しかし、チョコを食べて死んだ犬の件を担当させられた二人は、そこに麻薬事件との繋がりを察知、逃げた売人がその後殺されていたことを突き止める。
 良くも悪くも劇画調の台湾版ポリス・ストーリーだが、主人公らの凸凹コンビに加えて、麻薬の売人に役者をやっている双子の兄弟がいたり、ヤクザの親分に性転換した情婦がいたりと、ベタな設定に遊びの精神がたっぷりまぶされているのが楽しい。若手のリエン・イーチー監督によるコミカルかつスピーディな演出も、それを十分に活かしていると思う。破天荒なお話を、「そんなの、ありえないだろう」と心の中で突っ込みを入れながら楽しむのが吉。
(★★★1/2)

 おまけ。他に映画祭で観た作品では、ミステリ映画ではないものの、『哀しき獣』や『ベルリンファイル』などでおなじみの俳優ハ・ジュンウが、初めてメガホンを取った『ローラーコースター』が面白かった。東京-ソウル間の定期空路の飛行機内で繰り広げられていくスラップスティックの釣瓶打ちに抱腹絶倒。なぜハ・ジュンウがベタなコメディを? という素朴な疑問など途中からどうでもよくなってしまう愉快な一本だ。

※★は四つが満点(BOMBが最低点)です。