新入会員紹介

入会のご挨拶

蓮見恭子

 はじめまして。蓮見恭子と申します。この度は日本推理作家協会に入会させて頂きまして、ありがとうございます。
 デビュー三年目を迎えた二〇一三年、これからも書き続けて行く決意を固める意味で、当協会への入会を決意しました。私にとって、節目となる年になれば嬉しいです。何卒よろしくお願い致します。
 去る二〇一〇年、私は第三十回横溝正史ミステリ大賞で優秀賞を受賞し、幸運なデビューを飾る事が出来ました。受賞作が競馬ミステリでしたので、贈賞式のスピーチでは「JRAにおける見習騎手の減量特典」についてお話しさせて頂きました。騎手免許取得三年目までの騎手は、経験が浅く技術が未熟だとみなされ、軽い斤量で騎乗できます。この恩恵を活かして成績を残せるかどうかが大事で、新人賞受賞作家も同じではなかろうか。そのような事を申し上げました。
 新人作家とは呼ばれなくなった現在。今後の抱負について、やはり競馬に因んでお話したいと思います。
 ところで、今、最も有名な現役競走馬は、二年続けて凱旋門賞に出走するオルフェーヴルでしょうか?
 或いは今年のダービーを勝ったキズナ、または昨年、牝馬三冠を達成した女傑・ジェンティルドンナでしょうか?
 先日、某週刊誌に「いま、日本競馬のオープンクラスは層が厚くて、勝つチャンスはなかなか巡ってこない」という書き出しから始まるコラムが掲載されていました。お書きになったのは競馬評論家・井崎脩五郎氏で、コスモネモシンという六歳になる牝馬の三年八カ月ぶりの勝利と、その勝因について丁寧に分析されていました。
 コスモネモシンはデビュー後は未勝利戦を突破し、重賞を勝って桜花賞やオークスなどクラシック路線へと進みました。しかし、そこで好成績をあげることができず、古馬になってからは重賞やオープン特別ばかりに出走しています。三歳時にフェアリーSで一着になった後、実に二十三連敗。まさに「石の上にも三年」。オーナーの愛情や、厩舎の方々の思いが目に浮かぶようです。
 井崎氏は、負け続けた結果、オープンのハンデ戦で軽ハンデに恵まれたのが浮上の要因で、「苦あれば楽あり」とまとめておられました。
 さて、血統が良かったGIで好成績をあげた牝馬は、五歳ぐらいになると、お母さんになる為にそろそろ引退するのですが、前述のコスモネモシンは六歳になった後も走り続けています。それどころか「六歳でこの走りが出来るなら、もうひと花あるかもね」と調教師がコメントしているので、まだ引退はさせてもらえないようです。或いは、繁殖に上がるには物足りない競走成績なのかもしれません。
 競走馬の末路には、残酷な現実が待ち受けています。引退後に繁殖として生き残れるのは一握りの馬だけで、ほとんどの馬達は地方競馬に転厩したり、去勢されて誘導馬になったり、時には「乗馬への転向」という名目の殺処分が行われます。
 日本では、乗馬もあまり盛んではなく、経済動物として生産された競走馬達は、競走を止めた途端に行き場を失うのです。受け入れ先として、馬を用いた祭りや神事を盛り上げようと尽力している方や、受け入れる為の牧場を私財を投げ打って作った方もおられますが、それとて限界があります。
 諸々の事情から、繁殖に上がれない競走馬にとって一番の幸せは、長く現役生活を続ける事です。しかし、これもオーナーが辛抱して使ってくれての事。その為には、勝てなくても「見どころがある」と思ってもらえなければなりません。
 日本の競馬では着順掲示板に載る五着までに賞金がでます。コスモネモシンの戦歴をつぶさに見てゆくと、確かに負け続けてはいますが、二着五回、三着三回を含めて、掲示板に十一回載っています。華々しく活躍しているとは言えませんが大きな怪我もせず、コツコツと賞金を獲得して、周囲の人に「まだまだやれる」と思わせている様子が伺えます。
 さて、翻って私。
「蓮見恭子」と名付られた競走馬も、日々、調教を積み重ね、時には英気を養う為に放牧にも出ますが、地味にコツコツと走り続けています。レース(刊行)も何度か経験しましたが、前述のオルフェーヴルのような大躍進を遂げたとは言い難く、四方八方に頭を下げる日々でございます。
 それでも、レースに出る度に、パドックに私の名前が入った横断幕が貼られているのを目にしたり、本馬場入場時には声援を送られ、応援してもらえる幸せを実感しています。
「もうひと花あるかもね」と期待して下さる方々に深く感謝し、愚直に目の前の原稿に全力投球したい。それが私の抱負です。