はじめまして
このたび、日本推理作家協会に入会させていただきました久坂部羊と申します。
小説家としてデビューして十一年になりますが、私はプロの作家の方にほとんどお目にかかったことがなく、ほかの書き手がどんなふうに小説を書いているのか、取材はどうしているのかも知らず、同業者とはまったくお付き合いのない状況でおりました。
先日、『悪医』という小説で、第三回の日本医療小説大賞をいただき、授賞式の二次会で、そんな孤独を口走ったところ、書評家の東えりか氏が、ご親切にも当会への入会を勧めてくださった次第です。
私はもともと外科医ですが、小説家になりたいと思ったのは高校生のころで、医者になってからも、思いは変わりませんでした。そのため、徐々に正規のルートをはずれ、三十代の前半に、外務省の医務官という仕事に就きました。これは海外の日本大使館付きの医者で、サウジアラビア、オーストリア、パプアニューギニアの三カ国に約九年間、勤務しました。
帰国後も、まともな外科医の就職口はなく、医局に泣きついて紹介されたのが、老人デイケアのクリニックでした。介護保険がはじまる前のことで、当時、高齢者医療などは、退職した高齢者医者がやるものと、相場は決まっていました。
そんな医療の辺境に追いやられ、小説家になる目途も立たず、意気消沈していたところ、道は思わぬところから開けました。
デイケアに来る高齢者が、麻痺した手足を嘆くのを見て、ふと、切断すればどうだろうと、善意から思いついたのです。実際には無理ですが、小説でならできます。それをノンフィクション風に書いた『廃用身』という小説が、私のデビュー作となりました。
今の日本は超高齢社会で、過剰医療や医療崩壊が深刻な問題となり、iPS細胞の再生医療や、遺伝子治療などが研究される一方、がんやうつ病、認知症など、治療が困難な病気も少なくありません。
また、米女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが、乳がんの危険を避けるために、健康な乳房を切除したニュースや、自殺者まで出たSTAP細胞関連の騒動、生まれた子どもがダウン症だったため、引き取りを拒否した代理出産の依頼者など、“事実は小説より奇なり”を地でいくような事件が、世情を賑わせています。
非才な私が小説を書いていられるのは、このような医療がらみの事件に、ほかの作家の方々より、多少、知識や情報が多いからにほかなりません。
多くの作家は、小説はうまいけれど、医療のことはそれほど詳しくなく、医者は医療には詳しいけれど、小説を書きません。その隙間こそが、私の居場所だと心得ております。ですから、今後はこれ以上、医者で上手に小説を書く人が出現しなければいいなと、密かに念じている次第です。
とはいえ、医療小説やドラマに対する世間の関心が冷めても困るので、私はせっせと医療の矛盾や、不条理を書いて、世間を怖がらせなくてはとも思っています。
ハッピーエンドの物語は、現実の医療に対する失望を深めるばかりです。スーパードクターなんていませんし、認知症は治りませんし、がんも診断がついた時点で、助かるか助からないかほぼ決まっています。そういうほんとうのことは、医療の信頼をなくすので、医者はまず口にしません。私が医療の闇や、人のいやがるようなことを書くのは、現実の医療に対する失望を、少しでも和らげたいという赤心からです。
加えて、医療も恋愛も人生も、ダークでアブノーマルな側面に、魅力があるという気もしています。グロテスクやグラン・ギニョールなども大好きです。
そんな気持で書いていますので、もとよりミステリーは苦手で、たまに小説誌のミステリー特集などに呼ばれたりすると、編集者からよく注意を受けます。
曰く「これではミステリーになっていませんよ」「すぐ犯人がわかってもいいんですか」「恋人は別れるだけでなく、殺してください」「女性器の描写はもう少し控えてください」等々。
日本推理作家協会の末席に名を連ねれば、諸先輩方に、ミステリーのコツや、謎の仕掛け方などを、ご教授いただけるのではないかと期待しています。
そんなふつつか者ですが、どうぞよろしくお願い申し上げます。